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2012年1月12日 (木)

その昔、ご飯を炊くことについて

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炊飯
 いまでこそ、電気釜で誰でもが簡単に炊飯できますが、昔はご飯を炊くことは簡単ではありませんでした。子供には特に大変でした。住み込みの職人さんがいる大所帯の我が屋では、大きな釜にご飯をといで、水をどれだけいれるか勘がつかめませんでした。親父には水をはって、手をいれてパーを作って手のくるぶしが隠れる位と教わったがなかなかうまくいきません。また火加減もはじめチョロチョロ中パッパというもののそのように火が熾せない。今のように火付けに便利な器具はありませんから、炭を熾すこと自体が大変でした。なかなか火がつかず煙にまかれて涙がでることも間々あるのです。火加減が難しく、その結果は飯の炊き具合に直結するのです。しかも、働いている職人さんが食べるものです。遠足での炊事とは訳が違うのです。

 炊飯は、こげくさかったり、水っぽかったり、めっこ飯になったり難しいものでした。めったに飯は炊かなかったが、飯を炊くこと自体が一苦労という時代でした。直火でたくから必ずおコゲができました。釜の底にこびりついたおこげはおいしいものです。今の人は釜の底にこびりついたおこげを一生知らずに人生を終わる人が大部分と思いますが、おいしいものですよ。また釜を洗うのもこげがこびりついているので大変でした。うるかせば簡単にとれるのですが知恵がありません。

 当時は、チャブ台で「おひつ」に白米を移して給仕したものです。木で出来たオヒツの保温効果はあまりないので、3度3度ご飯を炊いたものです。ご飯の作りおきとかは聞いたこともありません。どこの親父も朝炊いた飯を夜に出すようことは許さなかったと思います。

 私の家は、職人・見習いさんが住み込みで働いていたので12人前のご飯を炊く大きなお釜でした。夏は七輪で炭で炊き、冬は薪ストーブで炊いたものです。ですから昔の朝は、大変だったのです。プロパンが普及する前は、薪ストーブに釜をかけてご飯を炊いたのです。お母さんも気を張って家族より早く起きないと家族が飯を食べれないのです。たまに手抜きでパンを朝食に出そうものなら、パンで職人が働けるかと怒鳴られたものです。早朝から街の店を捜し歩きご飯を買ってきた思い出があります。

 昔は、米を一斗(40キロ)買うのか普通でした。セメント袋のような大きな茶色の厚手の袋に入っています。精米技術が発達していないのでよく石がはいっていました。「ジャリ」といって石を噛むことがありますが、不快この上ないものです。ここ何十年も経験してませんが、昔は年に何回も経験したものです。だからお米をとぐときも石に気をつけたものです。

 当時は量り売りが当たり前です。一升マスにお米を山盛りに入れて、すりこぎ棒で縁をなぞって、測っていました。味噌、あずきなど一升単位で量り売りしていたのです。油も植物油など洒落たものではなく、一升瓶をもって白絞油(魚の油)を購入してました。しかも、通帳といってツケで買うのです。月給取りのように毎月キチン、キチンと定額のお給料が入る方珍しかったのです。大体世の中が手形で回してましたので、仕事をしても現金は先でないと入らないので資金ショートを避けるために現金支払いはできるだけ避けたのです。

 ご飯を食べるときも飯つぶを茶碗に残すことは厳しくしかられました。お百姓さんが八十八(米の字になる。)回苦労してつくったものを粗末にすることは許されないことだと厳しく教えられました。

 白米だけのご飯を銀シャリといいますが、昔は、米も高く麦を混ぜてたいたものです。学校でも麦だけという家庭はなかったと思いますが、麦を混ぜて炊いたものです。今は健康食として違和感なく食べれるかもしれませんが、麦の入った弁当を学校で開くのはやはり嫌でした。おいしさは、銀シャリにかなわないと思います。また、100%精米は、我が家ではなかった。大体胚芽の残っている7分付といわれるものを食べていた。前の天皇陛下も7分付の米を食べていたと聞いてますが、昔は米は専売制度が敷かれていて精米所でその場で精米してもらって買ったものなのです。

 炊飯ついでに、昔はどこの家庭にも「せいろ」があり、今よりももっともち米を炊いたものです。お釜とせいろがぴったりしており、何かにつけては餅、おこわを炊いたと思います。 

 産後の肥立ちが悪く、お乳の出が悪いとはいって餅を食べさせるのは当たり前でした。餅といっても今のようにスーパーに行けば買えるという時代ではなかったので各家庭でついたものでした。ですから杵と臼が大抵の家にはありました。おはぎ、ぼた餅も今よりは食べていたと思います。何かと重労働の多い北海道では肉も高かったし、元気のつくスタミナ食として活用していたのだと思います。

 いまでこそ、肉は1パック450グラムくらいになってますが、昭和30年頃は大体10人前のカレーライスに豚の細切れ肉120グラムしかいれなかったものです。ですからカレーライスを皿に盛って肉が1切れ多いとか良く喧嘩したものです。ついでに言えば、昔のカレーライスは、小麦粉にSBのカレー粉を入れたもので、もっと黄色いものでした。カレーの色をコゲ茶色に近づけるために、小麦粉をフライパンで炒ったことも懐かしい思い出です。固形のカレー粉(カレールー)ができたのはずっとあとのことです。今は昔です。お爺さん、お婆さんの時代の話でした。

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