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2012年1月13日 (金)

進駐軍、パンパン、オンリーについて

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米兵、パンパン、オンリーについて

 子供の頃の記憶に米兵の記憶があります。千歳は基地の町ですから、米軍が進駐軍としていたのです。これは、日本一流の言い回しです、敗戦を終戦と言い換え、占領軍を進駐軍と言い換えてます。売春を援助交際と言い換える先駆けです。物事の本質をウヤムヤにする日本の悪い癖です。外から見たら頭隠して尻隠さずです。反省もなくすべて水に流してお終いです。

 米兵は、横須賀などと同じく派手なナイロン製のテカテカ光る背中に鷲の刺繍のしてある原色のスタジアムジャンパーを着て町を我が物顔で歩いてました。町で野良犬も射殺してました。(私は見たことがないがも聞いた話です。)米兵を取り締まることは、警察は、無力でした。なにせ無条件降伏した占領軍の兵隊です。ついでに言えば、このような状態を沖縄に60年間押し付けているのですから、沖縄は無税としても当然なのです。

 当時千歳市には、映画館は、千歳座、遊楽座、後楽座、オリオン座がありました。洋画は千歳の繁華街のど真ん中にある遊楽座で上映してました。ゲーリークーパーとかが当時の西部劇のスターです。映画館では米兵は一番前に陣取って酒を飲んで、大声で傍若無人で笑っていました。子供心にも米兵の力が強いことがわかりました。町にはMPがジープに乗って走り回っていましたし、米軍の赤十字のついた救急車をよく見かけました。

 昔は、タオルで頬被りしたおじさんが操る馬そりが走っていました。どこの町にも蹄鉄屋さんがあったのですよ。世の中で見かける自動車は、せいぜい三輪車ぐらいです。タクシーなどはなく、東南アジアで流行しているリンタク全盛の時代です。リンタクとは自転車に幌で被う荷台をつけたもので二人乗りです。

 当時は日本は小さな小屋のような柾ぶきの家に住んでましたが、米軍の下士官の官舎は、家の周りに良く手入れされた芝生の庭のある白塗りの大きな家に住んでました。大体オンリーさんと一緒に住んでいました。オンリーさんとは、米兵下士官の日本での奥さんです。いろいろな兵隊の一夜妻になるひとは、パンパンといってました。小学生でもパンパンとかオンリーさんとかは皆な知ってました。左手で輪をつくり、右手の人差し指を嵌めて、ニッポン、ハメリカ、ニギリス、トレントレンとか子供たちが言っていたのです。

 こんな歌もありました。一で芋屋のネエチャンを、二で二階へ連れてって、三でサット尻まくり、四でシッカリ抱き合って、五でゴロと横なって、六っつムクムクいい気持ち、七つ何だかいい気持ち、八っつヤッパリいい気持ち、九つここらで止めとこう、十でトウトウ見つかった。当時はパンパンごっこが流行ったのですが、当時の子供がませていたことは、映画「にあんちゃん」にも描かれています。

 この人たちの間にできた子供が混血(あいのこ)と言われ、千歳市には多かった。特に黒人とのアイノコは、髪も縮れており、目立ちました。誰の子かわからないような子供といわれ、随分と虐められたと思います。この子たちは、縄張りをもっており、教科書を買うためなど縄張りに入ることは、見つかれば怪我を覚悟でした。鬱憤晴らしに、彼らも軍用犬のシェパードなどを愛犬として石をぶつけてくるのです。

 また千歳の米軍基地で働く人を要員さんといい、高い給料をもらっていたが、大人の話ぶりからはあまりいい感じをもたれていなかったと思います。米軍の残飯処理業者の人が米軍のりんごパイの残飯の中で食べれそうなものを分けてもらい食べたことがありますが、シナモンが薬臭く感じされたが、甘いしまあまあおいしく食べたことがありました。

 私らも誰かに教えてもらい、米兵にギブミーチョコレートといって兵隊に携行食をもらい食べたことがある。保存期限の切れたものと思いますが、軍隊カラーのアルミの缶をコンビーフの缶詰を開ける要領でT字のネジでくるくる巻きとるとさらにアルミホイールで被ってます。これを開けるとチョコレート、クラッカーなどが入っていてとてもおいしく食べたことを覚えています。

 このような携行食を作ることは、日本は逆立ちしてもできない芸当でした。このような食品を作れたのは戦後20年も経過してからなのです。日本と欧米の科学技術力の差は、とてつもなく大きかったのです。

 腐食せず軽いアルミ缶、アルミ箔は、精錬するのに多大の電力を必要とするアルミニウム精錬事業があって始めてできることです。日本は、昭和40年代まで無理だったのです。

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現在昭和記念公園は、立川飛行場だった。敗戦になって米兵が立川周辺に駐屯した。立川通りは横文字の看板が溢れ、兵隊たちが酒に酔いコーラを飲んだりしながら日本の女性と手を組んでいた。日本の女性はネッカチーフを被りくちびるからはみ出すように口紅を付け、くわえタバコで兵隊たちと同じものを食べたいた。その中にか細い身体の姉がいた。学校にも行かなかった姉は毎日日陰の暮らしだった。痩せた畑を耕す両親を手伝って、もんぺをはいていかにも田舎のね-ちゃんだった。ところがある日突然変身した。きれいに化粧をし、ハイヒールを履いた姉ちゃんの姿はアメリカ人のように見えた。姉はチョコレートやコカコーラ、サンドイッチ、ハンバーガーなどこれまで食べたことのない美味しいご馳走を持ってかえるようになった。部屋にはきれいなドレスが吊され、靴もたくさん持っていた。欲しいものを姉に言うと気前よく買ってくれた。両親も畑の仕事を減らし暮らしは村一番になった気がした。ひとつ困ることがあった。兵隊は畳の部屋に土足で上がってきたことだ。それから、いままで使っていた部屋を米兵と姉に明け渡すこと。日の当たらない納戸に家の者は住まなくてはならなかった。兵隊は止まっていくことはなかったが、兵隊と姉が来るとおいら達は外に遊びに行かされ、夕方まで帰ってきてはいけないと言われた。忘れ物して取りに帰ると姉の泣き声が聞こえ、兵隊が英語で何か言っていた。吠えるような怖い声だったので物を取らず慌てて帰った。隣の小父さんにそのことを話したら、姉はオマ〇コしていたんだと聞かされたが、あまりよく分からなかった。変なことだと思った。

昔を思い出します。私も近くに立川基地があり、近所にもパンパンをさせている家がありました。近所のおじさん達がよく家でお茶を飲みながら世間話をしていました。わたしの隣の家は娘が6人おり、そのおじさんはよく娘が中学を出たら2~3人をパンパンにするといっていました。わたしには姉2人妹1人がいましたが、そんな環境で育ったせいか、上の姉が小4で私が小1の頃、姉にパンパンごっこをさせられました。姉は他でもやっていたらしく、私のチンチンの皮をむき先をしゃぶって勃起させ、お○○こを広げ、なめさせ、唾をいっぱい穴に入れわたしのチンチンを持ってはめさせてくれました。少し生暖かく、ムズムズした記憶があります。姉にうぶ毛が生え始めた頃まで、ほとんど毎日でした。高校時代には黒人何人かと付き合い、2~3回中絶していますが、カバンにいつもお金が沢山入っていました。
もう60年くらい前のことです。
のち日本人と見合い結婚して現在に至っています。

はじめまして。
札幌日大高校放送局のものです。
今ラジオ番組を作っているのですが、テーマが昔の千歳で、当時の千歳を知っている方を探しています。
そこで、いきなりで申し訳ないのですがらもしsenzakiさんが北海道にお住まいでしたら取材の協力をお願い出来ませんでしょうか?
お返事待っています。

 父ちゃんは戦争で怪我をして傷痍軍人と呼ばれていた。仕事がなく毎日ぶらぶらしていた。その分母ちゃんが働くことになった。隣町の福生に米兵のハウスがあって家事手伝いをしていた。戦争していた敵兵の家で働いても、父ちゃんはなんの文句を言わなかった。母ちゃんはたくさんお金をもらってきた。
 その日働きに出かけたまま母ちゃんは帰って来なかった。俺は街までコロッケを買いに行って、夕飯は妹と父ちゃんの3人で食べた。次の日、母ちゃんは昼頃帰ってきたが、夕方また仕事だと言って出かけていった。3日後、母ちゃんが帰っていると、父ちゃんと喧嘩になった。「毎晩、どこで何をしてるんだ」。「仕事が忙しくて・・・」。「仕事?お前パンパンになったじゃないか」。そう言われた母ちゃんは大声で泣いた。「お金をもらうためにしかがないじゃないか」。
それからというもの、二人は話しもしなくなった。父ちゃんに「パンパンってなに」ときいた。「子どもは知らなくていい」と、すごい剣幕で父ちゃんに叱られた。
 母ちゃんはいなくなり、家はまた貧乏暮らしになった。母ちゃんから現金書留でお金が届いた。三沢という街の郵便局から出したんだそうだ。
 父ちゃんがいなくなって、しばらくして母ちゃんが戻ってきた。俺がパンパンの意味を知ったのは中学生の頃だった。この母ちゃんが米兵に抱かれている姿を想像して、あの時の父ちゃんが怒った気持ちが良く分かった。

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