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2012年2月 9日 (木)

殺生について

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 テレビを見ていると、女子アナが丸々と肥えた豚を見て、おいしそうと言ってました。自分の気持ち、食欲、本能を素直に表わしたものでしょう。豚は食用ですから「おいしそう」という表現は寧ろ褒め言葉でしょう。しかし、私は違和感を覚えるのです。美しき着飾って化粧をした教育を受けた女性がいい男をみて、一発やりたいと言っているのと大して変わらないと思うのです。これを日本語で通常「はしたない」といい軽蔑の対象となります。ところが、いい男を見ると子宮がキュンとなると公言する世の中ですから、事は簡単でないところが辛いところです。こちら。下手な説教は、蹴飛ばされるのが怖いところです。

 古来、日本では四つ足を食することはタブーとされてきました。四つ足どころか魚を無闇に殺生して食すること自体タブーだったのです。平安時代に漁師が大量に魚を殺生して地獄にいかないか僧侶に問い合わせたとの記録もあります。輪廻転生といって、人間が死んだ後も生まれ変わり、アリになったり、魚になったり、鳥になったり、豚に馬になるとの考え方があります。無闇に殺生することは、天国に行けずに地獄に落ち、生まれ変わりは人間以外の生物になるとの教えです。このような教えは、今や雲散霧消して、誰も教えません。教えても誰も信じません。死んだらただの灰になっておしまいと考えてます。後世を信じる気持ちはまったくありません。現世がすべてです。後世の人は、自己責任で頑張ってくださいと考えてます。

 資本主義自体が将来を信じてません。資本主義経済自体が今の株主に奉仕せよとなってます。資本主義の単位である会社の起源が、「資金を募り、一航海して、精算してオシマイ」です。ですから、将来の株主には奉仕しなくても良いという考え方です。5年先も見通せないのに将来などクソくらえです。利益は現在株主に還元せよ。現在株主の持ち物を煮て食おうが、焼いて食おうが現在株主の勝手という考え方です。会社を強奪して解体し、化粧して売り払いでOKです。

 選挙民も将来の選挙民など無視です。現在の最大多数の選挙民に奉仕せよとなってます。赤字国債大量発行でツケ回しなど日常茶飯事です。嘘ではありません。国家一般予算の半分は将来の選挙民へのツケ回しで成立してます。将来など誰も信じてないのです。

 我々が食する生物が、どのように処理されて食卓に供されるのか誰も知りません。屠殺は、現在も大量に行われてます。血抜きに手間がかかるとのことで、生きながら宙吊りにされて腹を割かれて内臓をとられて皮を剥がれて処理されてます。痛みを感じるのは人間だけではありません。ケンタッキーフライドチキン用のチキンは、品種改良で首に毛が生えないにしました。首をちょん切るのに便利だからです。屠殺、食肉加工は工場で工業製品をつくるように製造されてます。このような事実は、報道しようとした人もいましたが、売上が落ちるとのことで会社に抹殺され、人が目にすることはありません。

 我々の慣習には、◯◯供養というものがあります。例えば針供養というものがあります。毎日毎日縫われて針も大変でした。ご苦労さま、感謝しますというものです。このような気持ちからは殺生は我々が生きてゆくために、仕方なくしてます。感謝して頂きますという気持ちが生まれます。およそ食べ散らかすということにはならないのです。西洋などは、まさに食べ散らかす文化そのもののようなものです。ローマの時代から吐いては食べ、吐いては食べの文化が脈々と息づいてます。これを食べ散らかすといわずして何というのでしょう。

 我々もローマを淵源とする西洋とつきあううちに、知らず知らず食べ散らかしの文化に染まってしまいましたが、食べ散らかしの文化からは食べ散らかしの思想しか生まれないと思います。日本が全食量のエネルギー換算で廃棄率50%と聞いては、食べ散らかしも極まれり、獄門打ち首、犯罪の類です。私たちのために殺した生物の命はどうなるのですか。これで宗教とかいっても、人間に殺された生物に代わって言ってあげます。「地獄に落ちろ」です。どう思いますか。

暇だネー、どうでもいい話、明日食べる米がないよとの声が聞こえたのでお開き

補足

鈴木文樹「家畜をめぐる断章」(環48号)

「近代畜産にあっては『飼う』も『屠殺』もなく、畜産物の大量生産システムが動いているだけだ。動物たちが何かを媒介するということもなく、『暮らし』もなく、『農』業もない。単なる動物虐待のシステムであり、名付けることのできない狂気がある。人類はかってこんな背徳的なことをしたことがあるだろうか。」


補足2

 小動物が毛皮を傷つけないために生きながら皮を剥がされてます。まだ生きており、悲しい目をして涙をながしている。脚の腱を切られ動かなくして手足を切断され、生きながら皮を剥されて、まだ息があるので顔をあげて苦しがってます。このような画像は、妊婦が見ますとショックにより胎児にアザができると昔から言われてます。火事も同じです。閲覧注意


 これから学べる教訓は、人類の世の中では弱いものは虐げられるということです。そもそもホモサピエンスは邪悪、狡猾をもって世界に蔓延ったのです。その本質は不変です。弱いものは収奪し、虐げるということなのです。先天的にそのようになっているのです。後天的に法律、道徳などで矯正しようとしても、すぐにお里がでます。
 したがって、肉体的ににも精神的にも強くなければ、この世では生き残れないということです。これが本日の教訓です。

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