« 9.11遺体ゴミとして処分とのこと やっばり自作自演の噂も | トップページ | 橋下さんは、なぜ強いのか »

2012年3月 1日 (木)

人生は椅子取りゲーム

 にほんブログ村 経済ブログへ

 誰でも高い給料をもらい、やりがいのある仕事につきたいと思います。しかし、そのような仕事は限られており、競争を勝ち得たもののみが、就くこととなります。通常このような仕事は、優秀な大学卒業生であることが前提となってます。通常一流大学卒業生であることが前提とされてます。入学競争を勝ち得て一定の忍耐、知能を有しているいることが推定されるからです。誰でも知っている道理です。

     昔では、四当五落といわれ睡眠時間5時間をとっては合格は覚束ないといわれたものです。英単語を覚えるために辞書を食べた人もいました。現在でも中国などでは睡眠時間3、4時間で勉強してます。道理を知っているからです。金もない、家柄もない、コネもなければ、クソ勉強するという方法が古今東西、椅子に座る近道なのです。考えてみれば随分、公平、民主的な方法です。しかも道は、東大だけでも年間3千人も入るほど太いものです。決して道は通れないものではありません。全国4千校の頂点にただの一回も負けずに立つというようなものではありません。このような方法が広く国民に保証されていることに感謝すべきです。

 長い歴史の中では稀有のことなのです。米国などでは、仄聞するところ、兵役も免除し、家を高い塀で囲み、カードマンをつけて、強力な寄付で強いコネで、強引に有名私立大学に押し込んでいます。しかも、大学でも社会でも排他的なクラブをつくり、インナーサークルを作り強力にスクラムを組んでいます。見えない貴族社会を作っているようです。

    長い歴史の中では、いかに能力があろうとも貧困層が上流階級に入り込むこと自体が悪徳という時代があったのです。日本も士農工商と学校で習いませんでしたか。旧戸籍には、士農工商穢多が記載されていました。海軍士官、陸軍将校、官吏には、士分以外は登用されにくい時代がつい最近まであったのです。英国においても労働者階級ブルーカラーと工場長などのホワイトカラーが交わることはないとのことです。それは、早い段階で教育が分かれて道が閉ざされるからです。

   インドのカースト制度も根強く存在してます。イスラムの女子差別は極端です。女子には魂がないという宗派もあります。ことほど斯様に勉強の成績だけで判断されることは人類史上では稀の幸運なことなのです。

 数十年前は、年齢が同じであれば、給料も大体似たり寄ったりという時代がありました。一億総中流といわれた時代があたります。学がなくても職人となり、努力すれば大体同じような資産形成ができた時代です。今では想像もつかないでしょうが、タクシー運転手は誰でも30万円程度、トラックの運転手は50万円程度稼げていた時代があったのです。それは、組合があり、協定価格があり、無闇に労働者を搾取できなかったからです。

    人生、頭で稼ぐか、体で稼ぐかのどちらかです。現在は体で稼ぐのは極端に分が悪いようです。個人的には体で稼ぐことに極端に差をつけるのは、頭で稼ぐ人が異を唱えた結果と思ってます。各種の法を使っていまや体で稼ぐ人は立つ瀬がありません。我々は99%につながるものです。

 産別労働組合が衰退し、労働者の力が削がれて、組合がなくなり、いまや中間搾取当たり前の派遣、アルバイトの時代です。このような話は、「新自由主義2」をお読み頂くとして、ここで述べたいことは、どのような時代でも普通に生活できる労働者の椅子は一定数あるということです。

 この椅子に座るには、努力が必要です。学校時代に遊びまくり、親ががりで大学を卒業しても、この椅子にすわることは極めて困難と思います。数が限られており、勢い競争となります。この競争は、幼稚園から始まってます。このことを多くの親は、体験的によく知ってますが、子供に伝えることができません。伝えたとしても馬耳東風、真面目に聞きません。最初から諦めると良い椅子に座る可能性はゼロとなります。大体あとでホゾを噛むという次第です。良い椅子の座りごごちが必ずしも良くないとの評判もありますが、総体的には、良い椅子の方が過ごしやすい筈です。良い椅子に座った人で顔に深い苦労のシワが刻まれた人に私はあった遭ったことがありません。大抵血色がよく、若々しいものです。

 バブル華やかなりし頃、正社員を蹴ってアルバイトで困らない程度に適当に働き、好きなことをやるフリーターが流行りました。テレビでも働きにあくせくしない新しい人種としてもてはやし紹介してました。危ういと多くの大人は感じた筈です。人生で家族を養うというのは、そんなに簡単なことではないと分かっているからです。案の定フリーターの方は、困惑してます。身から出た錆ですので、自分のケツは自分で拭かなくてはなりません。

 大体人生というのは、うまくいかないというのが相場です。昔から言われてます。 such is life

補足1

ニューヨーク大学スターンビジネススクールのジョセフ・ファウディ助教(専門は、企業・市場のグローバル化、コーポレートガバナンスなど)によると米国の雇用について、次のように述べてます。

ファウディ氏 製造業界だけでは無理だ。グローバル化とテクノロジーの進歩という構造的要素により失われた雇用は、新たな雇用が多少生み出されても、相殺できるようなレベルではない。明るい兆しは見えるものの、米経済全体の機動力となるには小規模すぎる。

 今や同業界では、失業は、景気による一時的なレイオフでなく、もはや、その仕事が必要なくなったことを意味する。この長期的傾向は、景気が上向いても変 わらない。経済が成長しているときでさえ、低スキル労働者の賃金は低下してきた。IT変革とグローバル化により、仕事の価値が下がったということだ。」肥田美佐子 (ひだ・みさこ) フリージャーナリスト NYリポートから引用

今後ますます椅子取りゲームの激化が予想されます。一度、椅子から弾かれると次の椅子に座ることは至難のようです。椅子から弾かれまいと建前ばかりの社会となり息苦しさを感じる所以です。

補足2

 芸能界のように1週間にテレビに映れる人には限りがあります。およそ600人といわれてます。その600の椅子取りゲームですので、競争は厳しいのです。天才的な才能の持ち主でない人が努力でのし上がろうとすると無理をしなければなりません。その無理でわずかのチャンスにかけても酬われるかは分かりません。あまりにも厳しすぎるので多くの親御さんは止めるのです。

 横浜石川町でテレビロケに遭遇しましたが、ロケ現場には、一見して普通の方と違うといような眉目秀麗な女性が沢山とりまいていました。眉目秀麗、容姿端麗など掃いて捨てるほどいるのです。ロケとは関係なくともディレクターの目にとまろうと売り込みをしているのです。お客を引こうとするホステスと何ら変わりません。そもそもが人気にすがる水商売なのです。ロケ現場を多くの競争相手と競い合い、うろついて売り込みをしているのです。厳しい世界なのです。

 人生を渡る利口な方法とはとても思えません。   

関連記事

能力のないものはどうして食べていけばよいのか

« 9.11遺体ゴミとして処分とのこと やっばり自作自演の噂も | トップページ | 橋下さんは、なぜ強いのか »

随筆」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/577632/53600247

この記事へのトラックバック一覧です: 人生は椅子取りゲーム:

« 9.11遺体ゴミとして処分とのこと やっばり自作自演の噂も | トップページ | 橋下さんは、なぜ強いのか »

2017年5月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
フォト
無料ブログはココログ

最近のトラックバック

ウェブページ