« find(2)のまとめ | トップページ | happenのまとめ »

2012年4月 3日 (火)

資源制約を無視する必要主義は必ず破綻する(再掲)

 人、物、金などの限りある資源を前提として、必要だから必要という必要主義は、必ず行き詰まります。必要主義という言葉は、半世紀も前に「核時代の国防経済学」のなかでヒッチ.C.Jが述べたものです。

 米国も、この必要主義を抑制すべく、ゼロベース予算とか、PPBSとか様々の方法を試みましたが、成功はしていません。唯一無制限に赤字を出し続けることはできないように債務負担に限度を設けています。これが唯一の成果とも言えるものです。

 翻って、我が国を見渡すに、実に必要主義が溢れています。年金も必要だから必要なんだということで、資源制約を無視して給付を続けてます。健康保険も必要だから必要なんだということで給付を続けてます。生活保護も必要だから必要なんだということで、やはり資源制約を無視して給付を続けてます。公共工事もそうです。科学研究予算も、ありとあらゆる予算が必要だから必要なんだということで予算要求をし、とどまるところを知りません。

 全体を見渡せば、資源制約は必ずありますが、各部門にとっては、親方日の丸で資源制約は見えにくく、要するに分捕り合戦になります。必要主義全開です。予算各項目は、諮問機関の意見がもっともらしく添付されており、誰かが優先順位付けをしなければなりません。我が国における資源制約を唯一体現しているのは、財務省主計官のみです。その結果は、GDPの2倍という1000兆円の国債発行残高と予算の半分を国債で賄う歳出予算です。主計官の査定のみでは明らかに欠陥があることが分かります。

 右肩上がりの時代には、資源制約は見えにくく、無限に資源があるかのような錯覚に陥り、あるいは資源制約を意識せずに、物事が進みました。国民の誰もが安心して老後を過ごせるように国民皆年金を定めました。国民の誰もが健康保険を使用して安心して医療の給付を受けれるように国民皆保険を定めました。国民の誰もが不遇の時には保護を受けられるように生活保護を充実しました。いずれの前提も、今日よりは、明日が良くなるという前提のもとに定められています。そもそも、この前提がおかしいと思わなければなりません。無限に右肩上がりを続けられると考えることは道理にあいません。資源制約があるのですから、無限に右肩上がりを前提として制度設計すること事態に論理的欠陥があります。

 時は過ぎ、国債発行残高1000兆円、危機的な年金、保険財政、急速な高齢化、人口減少、莫大なインフラ更新、成熟社会、競争国に追い上げられる経済、予想される大地震の時代に入りました。要するに右肩下がりの時代に入ったのです。

 右肩下がりの時代には、資源制約を無視した必要主義は、簡単に行き詰まり、破綻します。道理として分かっても、実現するシステムがないのです。あるのは、昔ながらの政治家による説得か危機の先送りのみです。志ある政治家がいても多勢に無勢。どうしたものか。

« find(2)のまとめ | トップページ | happenのまとめ »

随筆」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/577632/54378393

この記事へのトラックバック一覧です: 資源制約を無視する必要主義は必ず破綻する(再掲):

« find(2)のまとめ | トップページ | happenのまとめ »

2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  
フォト
無料ブログはココログ

最近のトラックバック

ウェブページ