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2012年8月14日 (火)

日本人は忘れやすい

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 大東亜戦争での出来事を現場にいた当事者として語る方が少なくなってます。新聞などでも戦禍について語り継ぐことが行われてますが、オブラートに包まれてます。
 東京裁判が終わり蛮行訴追がなくなり、気が緩んだのか、昭和30年代の、今は廃刊になった通俗雑誌をざっと目を通してもらえばわかりますが、帝国陸軍(=日本人)が犯した残虐行為は、筆舌に尽くし難いものがあります。決して他人には話せない蛮行でも、完全に秘匿することは無理です。

 私か見聞きしただけでも、軍隊が市中に行進して入るときに、銃剣の先に中国人(チャンコロ)の赤ん坊を串刺しにしていたとか、あるいは、徴用の時に婦女子を強姦していたとか、子供の強姦も具合のいいものだとか(所謂ナイス・ギア)、農夫を強姦して、膣に向けて発砲したら骨盤で跳ね返り、腹から弾が飛び出たとか、弾は前からだけではなく、後ろからも飛んでくるとか、レールで作った軍刀の試し斬りとか、肝試しに初年兵に農夫を銃剣で突き刺したとか、蛮行はひどいものだったのです。八路軍容疑者、内通容疑者を適当に逮捕して裁判もなしに、みせしめに拷問、処刑していたのです。その拷問たるや目をくりぬき、石をつめるとか、子宮に棒を突き刺すとか、腹を割くとか、顔の皮を剥ぐとか尋常ではないのです。メキシコ麻薬戦争で似たようなことをしてます。こちら 下等国民チャンコロと教育されているので良心の呵責はないのです。天壌無窮の皇軍に歯向かうチャンコロなど石の如しなのです。

 このような事実を教えられて憤らない国民はいない筈です。復讐を誓う者もいるでしょう。大国になれば同じことを日本人にしてやると考える者もいるでしょう。そのことを多くの日本人は知らないのです。日本軍の残虐行為そのものを知らないのです。和解できる筈がありません。

 徴用も適当に印刷した軍票で購入するのですから、強奪と変わりません。運の悪いことにゲリラ戦に持ち込まれたために、誰が敵軍で民間人が区別がつかなくなり民間人の被害が大きくなりました。所詮日本の数十倍の広大な領地を占領しようなど兵站からも兵員の数からも、無理な相談だったのです。300万人の兵隊を投入しても到底出来ない相談でした。(米国がアフガニスタンでも同じようなことをしていることが思い出されます。)

 慰安婦の問題にしても、軍隊が関与した証拠がない、金の稼げる職業として自発的に志願したものであり、或いは民間の女衒が職業の内容を説明せず騙して集めたものだとし、それを軍隊が高価な対価を支払って利用しただけと考えようとしている方もいます。軍隊の駐屯地の近くに慰安所を儲けて、慰安婦を募集したのがたとえ民間人の女衒でも、聖戦を遂行する皇軍の兵士の士気を高めるために利用したことについてまったく責任がないと言い張ることは相当に無理があります。朝鮮ピーという言葉は、広く人口に膾炙した言葉です。聖戦を遂行する皇軍の兵士の士気高揚のために身命を捧げることは誉れと思えという傲慢が見受けられます。

 今は、大東亜戦争の蛮行について、ひとしきり報道された後、聖戦の蛮行について、あまり報道されることなく、寧ろ再評価される気風がありますが、ガダルカナルの戦さで、日本軍が人肉を食べて生き延びていたことは、消すことのできない事実です。昭和30年代には、帰還兵の口からボツボツ語られていました。ナチス独逸の蛮行など日本は無縁と思っている方は再考の必要があります。あちらは組織的にユダヤ民族を虐殺しましたが、日本帝国の蛮行は、下等国民チャンコロを抹殺施設こそ作らなかったものの組織的に広く虐殺した事実があります。中華人民共和国が、国の恥と怒ることは正当な理由があるのです。所謂三光作戦です。三光とは、殺光・焼光・搶光をさし、それぞれ殺し尽くす・焼き尽くす・奪い尽くすことを意味する漢語である。(北方漢語で「~光」という接尾詞は「~しつくす」という意味になる。) 日本の資料には燼滅作戦等の名称で記されている。

 天皇陛下を現人神と祀り、日本人すべてに信じさせ、天皇の赤子として天皇陛下万歳と言って死なせた罪は千年消えることのない罪です。日本人として決して忘れてはならない重罪です。九族郎党死罪にしても足りない罪です。口を拭って指導層に居座るなど許せない罪なのです。剰え、100万からの将兵を戦争指導が稚拙で餓死させたとあっては、筆舌に尽くしがたい罪なのです。

 この戦い方が悪いと言ってはいません。国家存亡を賭けた戦いで敵と味方が区別できなくなり、とらざるを得なかった作戦かもしれません。兵站が延びて現地調達に頼るしか道はなかったかもしれません。しかし、負けた現在、これを無かったことは出来ないことです。日本が勝てば、米国の原爆も重罪で裁けたことでしょう。しかし、日本は負けたのです。甘受せざるを得ないのです。中共の歴史教科書の偏重ではなく事実なのです。蛮行を無かったことになど絶対にできません。どうしてもなかったことにするというなら日本の存亡を賭けて再度、中国に戦いを挑む必要があります。(面積の広い国の占領はアメリカでも不可能です。その点お忘れなく。) 

 ともあれ、大東亜戦争で日本軍が聖戦を遂行するために行った蛮行は東南アジアの人は決して忘れてはいないことは、肝に命じておく必要があります。

補足

 聖戦などという言葉が出たら眉唾です。イスラム原理主義の聖戦、新自由主義の聖戦、帝国陸軍の聖戦など、目的のためには手段を問わない、敵対者の抹殺も当然という考え方は、オウム真理教のポアと大同小異です。ユメユメお忘れなく。聖という言葉と殺人は、よく似合う。聖は唯一絶対不可侵の目的となり、その帰結として目的達成の手段として殺人がやむを得ない手段として許容されるという論理的帰結なのです。これは、共産主義にもナチスのユダヤ民族排除、キリスト教魔女狩りにも共通する論旨です。人間は、屁理屈がつけば何でもするところが人間の浅はかなところか。すべての生物の中で最悪の動物が人間ということです。これは、ある日突然そうなるものでは当然なくて、治安維持法、相談だけで逮捕する、拷問の見せしめなど外堀が埋められて誰も発言できなくなって、有無をいわせぬマインドコントロールがあって、そうなることは歴史が教えています。

補足2

 ロシアの高官が日本の北方領土返還要求について、日本は無条件降伏したことをもう一度思い出した方が良いとアドバイスしてましたが、まさにその通りです。チョットやソットでご破算になるような話ではないのです。これをいささかでも無視して交渉することは歴史上あり得ない話です。ロシアとは、平和条約を締結していないことも思い出す必要があります。また、北朝鮮とは、日本がどう思うおうと停戦であり、戦争は継続されているのです。日本が大東亜戦争で無条件降伏したことを忘れても、相手国は忘れていないことを再度確認する必要があります。

もし、日本が大東亜戦争に勝ったならば、当然相手国に領土割譲を求めたでしょう。敵対する相手国の息の根を止めてやると開戦し、負けたら、無かったことにしてもらえないか。戦前のようにしてもらえないか。というのは、あまりに虫の良い話なのです。国際社会でなくても普通の社会でも通じない論理なのです。

 なまじ終戦などと曖昧な表現をとったために自然に戦争が終わったような感じになってますが、現実は無条件降伏の日、完全敗北の日、完膚無きまで叩きのめされた日なのです。天皇を縛り首乃至廃位して、すべての陸海軍将校、士官は銃殺されても文句の言えない日だったのです。煮て食おうが、焼いて食おうがご自由にという負け方で、これ以下の負け方はないという負け方なのです。ひたすら相手の憐憫、温情にすがる情けない負け方なのです。日本人にとって耐え難い屈辱の日の筈なのです。日本が島国でなければ、米国が強大な海軍を擁してなければ、おそらく日本はソビエトに分断されていたでしょう。

 しかしというべきか、米国の日本統治政策のお陰でうやむやになり精神的隷属状態、片端の国状態が継続してます。テレビは、日本だけが戦争で辛かったかのような報道ばかりですが、完全な加害者なのです。戦争に負けたら侵略者、加害者になるのは歴史上当たり前のことです。勝手に開戦して、無条件降伏し、日本人が何百万人死のうが、被侵略国にとっては知ったことかというのが本音なのです。誰も憐憫を覚えません。日本での戦争談は、ひたすら負け戦の辛さを訴えるものばかりですが、相手国にとっては自業自得としか思えないものです。あたかも戦争の被害者のようですが、間違ってはいけません。日本国は、完全な加害者なのです。相手国も被害者、自分も被害者などとして恥じないのは論旨を完全にすり替えてます。ひたすら謝罪し、賠償するしか方法はないのです。日本も多くの損害を出した、斟酌してくれ、ご破算とはならないのです。戦後67年いつまで謝罪すればよいのだということへの回答は、犯罪で他人を殺めて、謝罪に疲れて逆ギレしていつまでも謝っていれるかということを考えると自ずと答えがでます。これが嫌であれば再度戦いを挑み相手の息の根を止めるしか方法はありません。

 それ故「兵は国の大事にして、死生の地、存亡の道なり、察せざる可からず。」 なのです。戦争は、国の存亡に関わる大事なのです。被侵略国、即ち東南アジア、中国、朝鮮の被害者がどれだけ苦しんだかという報道は少なすぎます。国の存亡に関わる戦争を勝つか負けるか分からないが開戦するなど、馬鹿な軍人以外考えません。座して死ぬよりは戦いとは、冷徹な勝算があっての話です。軍人が日本国のリーダーになることは現在の日本では、あり得ない話ですが、少なくも日本のリーダーは、自己の蛸壺に入り責任をとらない官僚的で、頭脳が筋肉であってはなりません。しかし、自己の当選しか頭にない政治屋にも日本を託すのは危うい。どうしたらいいのか。

補足3

 近年、中国、韓国の過去の侵略戦争について執拗な口撃に堪忍袋の緒が切れたのか、逆ギレして、すべて反日思想に基づく宣伝戦と位置づけようとする方がいます。もはや戦争を体験した方は鬼籍に入り、資料で戦うしか双方ともありません。

 もう少ししたら、そもそも侵略戦争などなかった、欧米に対するアジア解放の正義の戦いであったと主張するのかも知れません。大東亜戦争は、目的においても、手法にしても何ら誤りのない戦争であると主張されるかも知れません。単に負けたから賊軍にされただけの話であり、日本民族として後ろ指を指されるような戦いでは断じてない。唯一の誤りは負けたことだけであると主張するのかも知れません。

 しかも、この戦いは、当事者は鬼籍に入り、誰も資料でしか知らないことですから、日本人がいかに勇敢に戦ったか、アジアの人々にいかに熱狂的に支持されたか、中国の戦い方の汚さ、朝鮮人、東南アジアの方も進んでアジア解放運動に参加したなど美談のみで彩られるのかも知れません。

 この頃では、反日的なことを口にすると非国民と詰られるような気がします。極めて、危うい。うかうかすると人権委員会の方が直接お宅に訪問して、令状なしで、「お話を伺いにまいりました。」となるやも知れません。そこから特高までは早いですよ。

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