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2013年1月 3日 (木)

親の介護は、法律で罰則付きで規制すべきときです

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 つい最近までは、日本人としての道理が何とか通じた世の中でしたが、道理が急速に通じない世の中になってます。

 生活保護は恥ずかしいことという観念から、国から奪れるものは奪らなければ損という考え方、子供に数千万の収入があって、親は生活保護を受ける理不尽、親へのパラサイトでは飽き足らず、親の死を隠して年金不正受給、子供の介護放棄で親は宙に浮き、生活保護受給で特別擁護老人ホーム、剰え残った年金を当てに年金にすがる子供、子供の躾と称する虐待など道理が急速に通じなくなっています。

 姑と嫁も、ささいなことで双方の修復は難しいようです。もはや義理の親の介護を嫁に期待することは無理な状態です。いままでは道理でやりくりしてきましたが、法的介護順位を制定する時です。国は介護を自助を基本として公助、共助を組み合わせる方針ですが、親族間での介護順位を罰則付きで制定しなければ、10年後に始まる団塊世代の介護問題は乗りきれないと考えます。自助は間違ってないと思いますが、国家が自助に強制力を付与すべきです。介護放棄者には、刑罰を与え、放棄することはアウトローになる覚悟を強いて、国家が親に代わって扶養義務者の財産差し押さえなどできるようにすべきです。これは弁護士業界の救済対策にもなります。

  また、介助死という考え方も導入すべきです。いつまでも自然にまかせては、最後はどのような方も介護が必要になります。死ぬ前日まで活動的に動き回り、人形が止まるようにピタットと死ぬことはあり得ません。通常、外力を加えないとあり得ないことです。80歳でお元気な方も単に介護時期が先延ばしになっているだけです。

 人生80年もいきれば、天寿をまっとうしたことは、明白です。悲しむどころか赤飯を炊いて祝うべきものです。日本国民として日本国をよく支えたということで表彰されるべきものです。

 そこで80歳を過ぎて望む方には、死を国が介助するという介助死という考え方が必要です。苦悶の末に死を迎えるのでは申し訳ないので、脳波などから安楽に死ぬ方法を研究して、遺産相続関係もすべてクリアにした上で、国が責任をもって死を介助するのです。すると高齢者も先が見えて予定の立った生き方ができます。世界に例を見ない急速な団塊世代の介護問題は、タブーをもって議論していては、かえって悲惨な労苦を招くことになります。

 10年位前に、高齢のご夫妻が夫婦で焼却炉に入って焼け死ぬというニュースがありました。自殺は、多くの方に迷惑を掛けて死ぬことですので、潔しとない方もいます。介助死という考え方があれば救われた方です。

 家族皆に見守られて、今日は死ぬのにとても良い日だとなるのです。名残り惜しいですが、いつまでも生きても未練は残ります。適当な潮時で各自に死の選択を任せることは決して不合理な考え方ではありません。人権ゴロ、福祉ゴロに引きずられてはいけません。

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コメント

その通り!私も同じ事を思ってました。介護しないヤツには罰則。そして医療で長く引き伸ばす苦痛の時間の短縮。そんな世の中にしていかないと恐ろしくて年がとれません。

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