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2013年4月18日 (木)

私の考える学校制度

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 戦後68年を経過し、憲法はもとより学校制度も制度疲労をきたしていることは誰の目にも明らかです。学校制度を変更しようとなどとはあまりに途方もないことで誰も考えようともしません。しかし、小手先ばかりの改革論議では限界があります。いまこそ、日本人の手で今後100年を見据えて、元から変える必要があります。

   戦前の学校制度は、尋常小学校4年、尋常高等小学校2年、高等小学校2年、中等学校5年、高等学校3年、大学予科2年、大学3年となってました。また中等学校は、実業学校、工業学校、商業学校、高等女学校なども用意されてました。

 大部分の方は、尋常高等小学校まで、少し裕福であれば、高等小学校まででした。戦前は、中等学校は、ほとんどの方は進学しない男子のみのエリート教育機関でもありました。この制度が戦後の高度成長時代に適合し得ない制度であることは、誰の目に明らかです。女性に対する教育機関は極めて粗末なものでした。その意味では、戦後の米国仕込みの男女共学による学校制度の果たした役割は極めて大きいものですし、米国に感謝しなければなりません。

 しかし、高度に工業化、情報化された現在、新聞を賑わす学校関連の記事を読むにつけ、現在の学校制度は制度疲労をきたしてます。

 学校制度を考えるに当たり、少数の男性エリートを教育する戦前の教育制度が参考にならないことは自明ですが、ナンバースクールのような自由・闊達な雰囲気の教養課程は参考になります。

 戦後の学校制度は、教育の大衆化という観点からは果たした役割は極めて大きい。しかし、現在は、教えることが増大していること、教師の負担が大きくなっていること、予算制約もあり教師の人員増を望めないこと、生徒、先生のストレスが大きく各種不祥事が日常的に発生していること、中学・高校の2度受験の弊害が大きいことに鑑み、教育制度を抜本的に改革する必要があります。とりわけ学校制度を見直す必要があります。日本が世界に遅れをとっている英語教育を改革するためにも受験制度にメスを入れることは是非とも必要です。

 現在の学校制度は、小学校、中学校、高校の教育内容が重複しており、見直しを図れる余地が多分にあります。

 私の考える学校制度とは、小学校5年、中学6年、大学予科1年、大学4年とするものです。中学までは義務教育とします。

 学校制度は区分をすればするほど教育に重複がでて非効率となりますので区分を少なくします。小学校では、近年の小学生の体格の向上、精神年齢の発達に鑑み、小学校で教えれる限界は5年までとします。中学と高校は、一括りとして6年間を区分としてます。6年間の中で中等教育の内容を割り振ります。また、途中で入試をすることによる教育の無駄を省けるメリットもあります。また、この制度では、多様な年齢の方が多様な教育を受けることになり、教育ママの横並び意識、劣等感の打破にも効果があります。同一年齢、同一教育は限界にあります。同一年齢、同一教育は、小学5年、中学4年までとします。

 昔の制度と同じく、中学4年終了から、大学予科、高等専門学校、工業高校、商業高校、実業学校への受験が可能とします。中学4年、5年、6年と受験する気になれば何度でも受験できます。一回で失敗でなく、先輩の声を聞いて自分にあった教育を受けれるチャンスが3回用意されてます。落ちても浪人しなくて良いのです。受験浪人など時間の無駄です。

 現在の学校制度は、先生が生徒を教導する形になってますが、現在では単に知識があるだけでは無理があります。「教導」は生徒を規則で抑えることにしてますが、それは教師の事なかれ主義と相まって極めて閉塞した空間を生み出しています。

 昔の若衆宿を見ればわかりますが、躾、礼儀などは若者同士が教えあう形が正しいものです。中学6年とする意義はここにもあります。施設的に無理などとは言えない筈です。団塊の世代のために用意された中学校は、現在の数倍の人員を収容できます。あるいは、中学前半4年と後半2年に区分して別の施設でもよいと思います。要は、6年間を一環したカリキュラムで教育することです。 

 中学までは、すべての方が受ける教育で、義務教育となってます。また、現代社会の環境から言って義務教育であるべきです。

  義務教育終了後、高等教育が行われますので、全国一律の高等教育選抜試験を始めて行います。ただちに大学を受ける方と、一服して大学予科で一般教養を一年間勉強する方に分かれます。大学予科においては、高等教育に耐え得る英語教育を徹底的に叩き込みます。いずれにしても大学は、選抜試験を受けることになります。

 大学においては、現在よりは、更に英語で講義する課目がもっと多くなります。英語でビジネス・レポートを書く程度になる必要があります。

 学校制度を変えることは、教員の飯の種の心配もしなければなりません。施設の心配もしなければなりません。しかし、現在の教育制度が、非効率で実状にあってないと考える人は少なくないと考えます。なんとかしなければナアとアアダコウダ思案しているうちにアジア新興国に抜き去られることは避けてもらいたいと思います。

 暇だねという声が聞こえてきましたので、お開き。

 再度言いますが、現行学校制度は制度疲労してます。限界です。当の米国が現状にあわないと六・三・三制度を既に放棄してます。

補足

 義務教育で何を教育すべきか、議論があるでしょうが、最低限度のラインは、日本語を読んで、書けること、(常用漢字まで)、四則演算ができることです。寺子屋風に言えば「読み書き算盤」です。この辺については、誰も異論はない筈です。

 しかるに、この最低線もできずに高校に進学しているということを時折耳にします。昔の先生は、漢字が分らないと大人になって恥をかくということで、毎日漢字書き取りの小テストをしたものですが、近頃は忙しいのか、着意がないのか、熱意がないのか放ったらかしのようです。

 この不具合は、電卓、パソコンで補ってます。便利な世の中です。

 さらに、続けると高校での教育は、一定の型に嵌めた、起承転結のある文章を作成する能力の育成が必要になります。一方的に知識を付与することよりも、寧ろ、この型に嵌めて文章、論文を作成する能力の育成が極めて大事です。知識を援用する能力の育成が極めて重要です。この教育は、時間もかかりますし、大変ですが、知識を援用し、論理立てて、結論を導く能力は、大人になっても大変に重要な能力です。

 今流に言えば、プレゼン能力のことです。ぜひとも高校の教育では、プレゼン能力の涵養に努めてもらいたいと思います。

(注)プレゼン能力と論文を書いて言語の運用能力を高めることは、イコールではない。言語の運用能力を高めるために論文に勝るものはありません。高校教育においては、論文作成を是非とも指導すべきです。

 

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