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2013年6月30日 (日)

隠居について

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 人生の最後まで、表舞台で元気に働きたいと考える方も多いと思います。毎日が日曜日では、少し暮らしてみればおもしろくないことが分かります。数ヶ月に一回旧友と旧交を温めても毎日できるものではありません。旅行も毎日できるものではありません。孫も毎日ではお嫁さんも持て余してしまいます。壮大な空き時間ができる訳です。元勤め先で、暇も埋めるために半日も無駄話につきあわされては閉口します。これも毎日できることではありません。

 そこで、能力のある方の多くはポストを後進に譲らず第一線の表舞台で、出来うる限り長く勤めようとします。所謂世に言う老害です。

 読売新聞の渡辺会長は90歳ですが、絶対に後進には道は譲らないとの覚悟のようです。どのような組織のポストも「私でなければできない」というようなものはありません。それは組織でやっている故です。若干の上手い下手はあっても大抵の方は無難にこなします。「私でなければできない」は、思い過ごしなのです。

 それどころか、老人になると長い経験と膨大な人脈があり、さらに老獪という言葉があるように寝技ばかりが上手くなり、組織の活力を削ぐことはなはだしい。隠居も唾をつけて所謂フィクサーとして立ち回っては目も当てれません。

 老人の悪いところは、過去の成功体験に基づいて指導をしようとすることです。変化の激しい現代において、過去の成功体験は寧ろマイナスになることもあります。老人は変化を嫌います。自分が分からないことは、自分の分かる土俵に無理やり引き込みます。例えば、字の書き順が違うとか言って、些細なことで指導し出します。これは、笑い事ではないのです。社内漢字能力向上運動とか本気で言い出します。余程気をつけなければなりません。

 老害について、思い出されるのは、敗戦後、大東亜戦争加担者の公職追放が思い出されます。これにより、ポストが一挙に若返り戦後の復興への道ができたという人もいるほどです。

 現在の日本は、高度の情報化社会となり、組織の中抜き構造で組織が十分に動くようになり、結果としてポストが限られる構造にあります。

 このような社会で、単に能力があるだけでいつまでもポストにしがみつかれては、後進のポストが限定されて、老人の生きがいと引きかえに後進のいきがいを奪い、組織の活力が削がれ、日本国衰退の道となります。ですから、日本語として「老害」という言葉があるのです。

 年金の問題、生きがいの問題もあり、いつまでもポストにしがみつきたい気持ちはわかりますが、日本の社会の活性化のためには、一定年齢を過ぎれば隠居という道は大切です。

 自民党の70歳定年制もなし崩しで反故にされようとしてますが、政治の世界も後進に道を譲ることは大切なことです。

 来る参議院選挙においても、政治の若返りという観点から検討することも大切なことです。

 
 

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