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2013年9月16日 (月)

高齢者の終末期医療について

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   麻生副総理が、高齢者の終末期の医療について提言してましたが、改善すべきことは多々あります。

 高齢者になると誰でも認知症に近くなり、特に患者として入院していると本人の意思よりは家族の意思が優先されます。家族としては、一日も長く生きてもらいたいと思うのが人情です。普通は、出来るだけの治療をして下さいとお願いするでしょう。

 しかし、ここに大きな落とし穴があります。家族が患者の延命を希望したばかりに、人生の最後に苦悶の末なくなっていることが往々にしてあります。

 例えば、老衰でものを食べられなくなった場合に、胃ろうといって胃本体に管をつけて流動食を直接投入する方法があります。人間は誰でも老衰で食が細くなり、最後はものを食べなくなり死にます。それを食べれなくなったと言って、自然の摂理に反して胃ろうなどの手術をすることはもはや健康保険の概念を越えてます。

 自由主義の国ですので、本人の意思で明確に希望する場合には、保険適用外ですればよい話で、単に家族が希望するのみで施してはならないものです。ましてやネギカモで私服を肥やすことは絶対にあってはなりません

 胃ろうは胃ろうのみに留まりません。体が休息を希望しているにも関わらず、強制的に延命を図るのですから、今度は肺に酸素を送るために集中治療室で管につながれます。その管たるや直径2センチもあるものでマウスピースで固定して口から直接肺に通すのです。苦しみたるやいかばかりか。これを命が事切れるまで、延々と続けるのです。

 麻酔が切れたときの苦悶の表情、苦しくて手足を動かそうとすると細い手、足をベッドにくくりつけます。また麻酔で寝させて、麻酔が覚めると苦悶の繰り返しで拷問に近いものです。

 一度管をつけると家族がみかねて、医師が見かねて、管を外せば刑事罰ですので、拷問を眺めるだけです。

 これは明らかに矛盾してます。家族の延命希望が患者の拷問だったのです。家族の方も、これはペテンだと思うでしょう。二度としないと思うでしょう。しかし、人生においてそう何度もあることではないのです。大抵の家族は最初の経験です。事前に結果が分かっていれば誰も希望しないものです。

 麻生副総理はこれはおかしいと言っているのです。しかも終末期医療でボロ儲けして、高額医療費で健康保険制度を破綻させようとしているのです。

 これは、早急に改善する必要があるのです。人間誰でも終末を迎えます。それを無理やり終末期医療の対象としてはならないのです。楽になるのならまだしも待っているのは拷問なのです。

 高齢者になれば意思もダンダンはっきりしなくなります。患者さんも死にたいか生きたいかというと大抵の方は生きたいという筈です。それは拷問をしてくれという意味ではありません。

 老人ホームなどに入所している高齢者が病院に入ると、大抵集中治療室に入って最後は管につながれると思いますが、なんでもかんでも集中治療室で管につなげることは改善する必要があります。65歳以上の方は、3186万人となった現在、すべての方が終末期医療の対象患者になっては健康保険制度は破綻します。

 終末期高度医療は、高額療養費還付制度から除外すべきです。また胃ろうの対象患者は健康保険が適用できるものは、改善の見込みのある方に限定すべきで、それ以外は自由診療とすべきです。私は変なことを言っている変人と思いますか。

補足

 尊厳死について、集中治療開始後の中止も含められそうです。大きな前進です。こちら

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