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2014年2月10日 (月)

昔の歌がまったく響かなくなったのは何故

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 近頃不思議に思うことがあります。昔、感動した歌がまったく響かなくなったのです。

 おそらく、多くの老人が感じていることだと思います。歌番組が組まれますが、美空ひばりであろうが、森進一であろうが、まったく心が動かないのです。五木さんの歌もまったく響きません。

 どうしてか。ここ数年ずうっと考えてきました。よく分からないのです。

 流行歌とは、その時代を反映したものであり、その時代で聞くから意味を持つのであり、時代背景を無視しては成立しないものかも知れない。時代の幻影の中での徒花というのが、当たらずとも遠からずではないでしょうか。

 いま、森繁の「俺は枯れすすき」と歌っても見向きするひとは皆無です。大御所といわれる北島三郎さんの「やんしゅうカモメ」と歌っても誰も見向きもしないでしょう。それは、与作と歌っても同じなのです。

 歌謡曲というのは、作曲のレベルで言えばほとんど子供だましのレベルです。手垢のついた聞きなれた和音のメロデイーで構成されてますので、世間をお騒がせしている新垣さんや、クラシック界からすると論評するに値しない手慰みでしょう。

 よく考えると、論評に値しないという評価は正しいのではないでしょうか。素人に受けやすい、ツボを抑えたメロデイ、歌詞で売れればよいという商業主義で、時代背景と密接に結びついたマーケティング戦略で売った単なる商品にしか過ぎない。従って、時代が過ぎ去れば、必然的に価値をうしなう使い捨て商品ということなのでしょう。

 そのように考えると、我々が永遠の名曲のように聞いていた曲がまったく響かなくなった理由も氷解するのです。

 マスゴミは永遠の名曲、名作曲家、名歌詞など喧伝しますが、時代背景を消しさると途端に馬脚を現します。マスゴミが永遠の名曲などと持て囃しても所詮使い捨て商品ということなのです。

   理解しがたい方には、別の比喩を用います。昭和30年代に「上海帰りのリル」、「別れのブルース」などが妙に古くさかった。それが半世紀を経て、演歌が同じ現象に遭っているということなのです。単純化して言えば、大御所が存命中に古典になったということです。上海帰りのリルが再度ブレークしないように、演歌も再度ブレークしません。流行歌を支える時代背景がまったく変わってしまったということです。

 太鼓持ちさんも、誤解しないで下さいね。

 これを日本語で「歌は世に連れ、人は世に連れ」といいます。

 ここから理解できることは、過去の歌謡曲の名曲は、その時の時代背景がない場合には、単なる音になるということです。時代背景を無視して、再度流行させようなどというのは、無駄な努力、金の無駄になります。そもそもが流行り歌というなのです。時代が過ぎれば商品価値は無価値になるものなのでした。歌手の技量でカバーできるものではないのです。

 代表的なもので言えば、江戸末期の「ええじゃないか、ええじゃないか、ヨイヨイヨイヨイ」まで遡れるのです。これが、現代に流行るとは誰も思いません。演歌も同じ運命にあります。

補足

   意味のわからない方のために、もう少し説明します。

 無縁社会といわれる世の中で、北島三郎の「俺の目を見ろ何にも言うな」と言う歌詞、ロメディーは、滑稽にしか過ぎないのです。若い方は、バカと表現します。義理、人情何それです。

 建前のコンプラと個人情報保護法でがんじ搦めにされて、上司がにっこり笑って握手し、後ろからバッサリ切るリストラ社会では、義理だ人情は、現実味がないのです。今時、ヤクザの世界でも義理、人情などと言ってはおまんまの食い上げなのです。

 家庭内序列でペット以下の旦那さんと奥さんの間で、家父長的夫婦愛など響かないのは当たり前です。電子音がピコピコと充満する社会で、演歌の描く世界は、漫画的ですらあります。要するに日本が西洋社会になってしまったということです。もちろん島国根性の残渣はあります。

 現代の日本社会で、義理、人情、夫婦愛などは、綺麗さっぱり捨て去ってます。すると心に響く分野は、成功物語の追体験とか、どのような時代にも努力は通用しますので努力の大切さ、未来を信じる将来の栄光、夢の王子様などをせつなく歌いあげてます。

 演歌に代表される流行歌は、時代背景を無視しては、語れないものなのです。結論的に言えば、流行歌は、かなりの相関関係をもって、時代と歌詞と曲がマッチしなくては、流行しないものなのです。


 

 

 

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コメント

私の好きな歌は唱歌、童謡です。国民歌謡、ラジオ歌謡も歌います。
日本で歌が学校で教えられたのは、初めは外国曲、アイルランド民謡、スコットランド民謡、賛美歌・・・。
昨日も、東京オペラシンガーズによる「にほんの歌Ⅳ~合唱で聴く日本の美しい歌~」
滝廉太郎、山田耕筰、岡野貞一、井上武士、大和田建樹、犬童球渓、団伊玖磨、中田喜直、・・・

これらの歌を合唱にして、ダークダックス、ボニージャック、デュークエイセスが歌い、NHKの「みんなの歌」で広めました。
安田祥子、由紀さおり姉妹も、綺麗な日本語で歌いました。
中でも、高野辰之・岡田貞一の「故郷」は、震災で傷ついた東北の人々に勇気を与えています。

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