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2016年4月16日 (土)

熊本大地震は、中央構造線の南端の歪みエネルギーの開放です

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 ※この記事は、何らかの理由で検索がブロックされています。読む方は、鵜呑みにしないように眉唾で読んでください。ここに書き込んだ史実は、ウィキペデイアの地震の年表(日本)か理科年表ですべて確認できます。

   凶花とも言われるささの花が開花してます。120年前とは、1896年(明治29年)6月16日死者2万1956人に達する明治三陸大地震の発生した年です。

  地震調査研究推進本部では、中央構造線(1000キロ)の評価対象を近畿地方の金剛山地の東縁から伊予灘に達する断層帯360キロに限定して評価対象としてます。また、「中央構造線断層帯は連続的に分布しており、地表における断層の形状のみから将来同時に活動する区間を評価するのは困難です」と明確に予測できないことを明言してます。日本最高の専門家が評価できないものを素人が評価できる訳がありません。したがって、以下は、大地震には、規則性があると勝手に仮定して、落語の熊さん的に夢想したものであり、多分に眉唾であることを十分に理解して読んで下さい。 

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 4月14日21時26分に発生した震度7の大地震が熊本地方で起きてます。収まるかと思えばまた4月16日1時25分頃に発生した地震はマグニチュードがM7.3の大地震です。どちらも震度7激震です。歴史上激震が連続することは気象庁の歴史上始めてです。

 今回の大地震の震源の近くには、熊本県内をほぼ北東から南西方向に延びる布田川(ふたがわ)、日奈久(ひなぐ)両断層帯があります。阿蘇外輪山の 西側斜面から八代海南部に至る全長約101キロの活断層で、政府の地震調査研究推進本部によると、布田川断層帯、日奈久断層帯が連動すれば最大でM8.2 の地震が起きる可能性が予て指摘されています。それによれば、北部の布田川断層帯の一つの区間が単独で活動する場合の規模はM7程度とされてます。

 

Futagawadansou

 

(ウィキペディア 布田川・日奈久断層帯から引用)

 大きく見ると日本を九州、四国、近畿、中部、関東と縦断する古期中央構造線断層帯の南端に布田川断層帯、日奈久断層帯があります。さらにその南端には、川内原発があります。上側の布田川断層帯は、本州方面に横ずれし、日奈久断層帯が八代湾側へ横ずれするものです。日奈久断層帯は、さらに下側につながる市来断層帯があります。

 今回の地震に対する政府の見解はは、日奈久断層帯(81km)の高野―白旗区間(16km)が動いたとしてます。4月16日1時25分頃に発生した地震はマグニチュードがM7.3ですから想定の最大限度の大地震が生起していることになります。

 熊本大地震は、布田川断層帯の北東の端にある大分にも影響を与えています。熊本県熊本地方、阿蘇地方、大分県と3つの地震が同時に起きているのです。九州を横断する形で地震が生起してます。即ち、100年単位の大規模な中央構造線断層帯の地殻の歪みエネルギーが南端で開放されているということです。日本列島において三陸沖プレート破壊、東南海トラフ破壊に次ぐ危険な中央構造線断層帯の横ズレ断層の歪みエネルギーの開放です。ですから日本各地で生起する単発の過去の地震とは質が異なるものです。当然ですが、このように考えない方もいます。むしろ主流です。

 熊本大地震の特徴は、強度の地震が広範囲で多数生起していることです。震度7の激震2回、震度6以上の烈震5回、震度5以上の強震11回、大小合わせると余震700回になります。これだけ強度の地震で地殻を振動させると建物倒壊と同様に地殻破壊は加速度的に進むと考えることが妥当です。

 中央構造線とは、下図赤線のように大陸から分離した日本列島の上側と南から移動してきた日本列島下側が合体した跡(接合面)で長さ1000キロにもなる断層帯です。決してプレート境界面ではありません。要するにプレートに乗った島と島の接合面です。普通の断層は、過去の地震の跡ですから連続した構成、構造の断層ですが、中央構造線は、異質なものが合体した跡ですので断層の構造、構成が他の断層と基本的に異なります

 プレートが動いているのでこのようなことがおきます。北端は、大地溝帯(フォッサマグナ)に接してます。現在もプレートが移動している最中なので歪みがおきる訳です。中央構造線は、断層となっており、上側は、南から北に、下側は、北から南に移動する横ずれ断層です。学説では、四国から紀伊半島西部を活断層としてますが、過去の地震を調べると構造線の断層が連動している地震もあります。例えば、テレビで報道している1591年慶長伏見地震があります。

 

Southwestjapan

 

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 関東近辺は、北米プレート、フィリピン海プレート、太平洋プレートの会合部に当たります。世界で唯一、三段重ねになっています。上から北米、フィリピン、太平洋プレートの順番になります。

もう少し詳しくプレートを解説した図

 

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(ウィキペディアから引用)

世界的なプレート配置

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立体図(海上保安庁海洋情報部作成)

クリックすると拡大します。フィリピン海プレートがユーラシアプレートを押して、プレート境界面にシワが寄っていることが直感的に理解できます。(クリックで拡大)

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防災科学研究所ハザードマップ(クリックで拡大) 上記アナグリフ画像とハザードマップが連動していることが理解できます。発生するかも知れないではなく100%の確率で大地震は発生します。マスゴミが滑った転んだと騒ぐので穏便に表現しているだけです。

Bosaikagakulab

 日奈久(ひなぐ)断層帯の南端及び南西の市来断層帯に影響があるかもと予想して備えるのが転ばぬ先の杖です。専門家も日奈久(ひなぐ)断層帯の南端にも十分注意することが必要と警告してます。

 現在の地震学では、断層のどこで地震が起こるか予想できません。また熊本大地震で前震を本震と違えたように、地殻の歪みエネルギーがすべて開放されたのかも分かりません。万一に備えるしか方法はないのです。ただ警戒し、準備することだけです。P波が地震に先駆けて到達しますので緊急地震速報などが出たら警戒することです。これが現在できる全てです。このため地震予知など不可能なので無駄なことという専門家もいます。このような批判もあり、地震学の方向を学問の知見を生かした警戒・監視に力点を移しているところです。

 まして、市来断層帯近辺には、危険な川内原発があるのですから、万一に備えて原発を停止させるべきです。万一、原子力発電所が損壊した場合には、福島第2原子力発電所を見るまでもなく、人類が扱える限界を越えており対処不能です。

 それが、川内原発が稼動していると報道されてますが、政府の頭はどのようになっているのか疑われます。面子を優先して国民の命を軽視している政府の態度が見えます。地震は永遠に続くものではありません。川内原発は直ちに一時的にでも止めるべきです。

 原発稼動中の損壊と停止中の損壊を比較すると停止中の損壊の方が被害が少ないのですから、より安全を選択すれば、期間限定でも停止した方がリスクは軽減する理屈です。

 政権が嫌がることを言わない先生が御用学者として教授になり、学者としての信念を貫いた方が助教になるなどおかしな話がまかり通ってます。まずは自分の頭で考えることです。

大地震の参考になるブログ

次の標的は首都か?100年前に日本各地で起きた明治中期の地震との共通点

 今回の大地震は、1889(明治22)年7月28日23時45分に発生した、熊本県熊本地方を震源とする直下型地震(金峰山地震)に良く似ています。記録によれば、熊本城が損壊し、死者は20人、建物は239棟が全壊したとあります。

 大きくみると中央構造線の南端での地殻の歪みエネルギーの開放ですから、日本列島の歪みが均一に生起していると仮定するならば、他の部分にも歪みエネルギーが蓄積していると考えるべきです。

 中学校でも教えるように古くて冷めて固いフィリピン海プレートが新しく柔らかいユーラシアプレートの下に潜り込むことによる応力により地殻が歪み、限界点を越えて歪みエネルギーの開放が地震です。その形態は、地殻の破断、正断層、逆断層などの縦ずれ、断層の横ずがあります。日本列島の歪みですから、そのエネルギーは、我々の想像を遥に越えるものです。日本列島には、絶えず応力がかかってますので、歪みエネルギーを一定間隔で開放しないと、蓄積された歪みのエネルギーはジワリ、ジワリと大きくなりより大きな地震を引き起こします。現在の我々が地震を引き受けないと後世の子孫がより大きな巨大地震災禍に遭遇することになります。厳しい環境の日本列島に住む者の宿命です。

 いま、熊本大地震に遭遇して、九州を引き裂く大地のエネルギーが凄まじいものであることを体験してます。これは、四国にも紀伊半島とも中部地方にも、関東地方にも日本列島の歪みエネルギーが蓄積していないと考える方が非科学的です。

 海側のプレートとプレートの接合面の歪みエネルギーが一定の間隔(南海トラフ100年から150年、三陸沖50年)で開放されることは、地震の歴史から明らかです。列島陸地側のプレートの接合面が中央構造線断層帯です。海側には歪みがたまるが、陸地の歪みは1000年程度でないと歪みは蓄積しないと仮定することは非合理です。歴史を見ると南海トラフ地震とあわせて中央構造線断層帯沿いに大地震は発生しているのです。

 プレート境界面の歪みが相対的に脆弱な中央構造線断層帯地殻に応力をかけ、横ずれ地震が多発すると推測することに論理的不整合はありません。規模の小さな地震については、当てはまりませんが、震源域の広大な大地震については、このようなメカニズムが働いていると考えることができるのです。

 東日本大震災、熊本大地震を経験して、列島の歪みエネルギーの開放は、我々がしばしば体験していた地震とはまったく違うものでした。ですから、日本列島生成以来の島と島の接合面である中央構造線断層帯の歪みエネルギーの開放は過去に行われていたと想定することは間違いです。1891年濃尾地震を最後に中央構造線断層帯で大きな地震は体験してません。この間125年です。大きな中央構造線のその他の部分でも熊本大地震のような大きな歪みのエネルギーが蓄積されていると想定することが必要です。

 日本の地震の年表を見ると明治期に大規模な列島の歪みエネルギーが開放されて以来、久しく列島規模の歪みエネルギーは開放されてないことが分かります。中央構造線断層帯歪みエネルギーは、1945年の死者2306人を出した三河地震からでも71年間開放されていないのです。

 我々は、大地震は、千年、万年単位の話と聞かされてきましたが、日本の地震の年表を見ると南海トラフ大地震は、わずか100年から150年でM8クラスの巨大地震が安定して発生してます。三沖地震も50年程度でM7クラスの大地震が安定して発生してます。プレート沈み込みによる歪み開放は、見通せる年数で安定して発生していることについて日本国民誰もが知る必要があります。

 千年に一回とか言う意味は、50年間隔、或いは100年間隔で安定してプレートが破壊が行われてますが、同一の場所で同一の事象が生起する確率は無限に低いというだけの当たり前の話で、50キロも離れれば忽ち分かりませんとなります。それでは何も言ってないのと変わらないという話になります。残念ながら現在の地震学では、地震が発生しても歪みエネルギーがすべて開放されたのもわかりません。地震で開放されたエネルギーがどのように他の地殻に影響を与えているのかも不明です。また、歪みエネルギーがどの程度蓄積しているかも不明なのです。

 或いは、千年に一回の意味は、安定してプレート破壊が行われてますが、その一回の破壊がたまたま大規模に行われるという意味であって、千年間何もおきないという意味ではないのです。安定して地震被害は発生しているのです。

 国民を不安にさせるとか、資産価値が下がるとか、原発再稼働に影響があるとか、リニア建設に支障があるなど余計なことを考えるべきではない。国民の命がかかっていることです。教えてくれないならば自分の頭でウィキペディア「地震の年表」或いは「理科年表」を見れば直ぐに氷解します。膨大な地震発生件数にめげてしまいますが、枝葉を払えば本質が見えます。

過去の南海トラフ地震

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 (ウィキペディア 南海トラフから引用)

海上保安庁南海トラフ歪み実測図(2016.5)

 下の図から歪みが強い部分は、年5センチ歪んでるとのことです。よって、毎年均等に歪みが発生すると仮定すると南海トラフ地震の発生は100年から150年の間隔ですので地震発生時には、5メートルから7.5メートルの歪みが発生するということになります。現在は、前回地震から70年経過しており現在3.5メートルの歪みが蓄積しています。南海トラフの断層が耐えれる限度の約7割程度の歪みと言えます。この程度の歪みが蓄積されると大地の脆弱な接合面である中央構造線断層帯にも応力がかかり地震がおきる始めるということです。

 南海トラフの巨大地震は、1000年間隔などと何の根拠もなく政権が安心するようなことを言いふらす方もいますが、海保実測歪みから計算すると、1000年とは、歪み総量50メートルになります。大地が50メートルもの歪みに耐えれるなど荒唐無稽なことを言っていることが分かります。

 また円弧を描く日本列島の南海トラフの歪みが年5センチであるにも関わらず、相模トラフ、駿河トラフは1ミリと仮定することは非論理的です。やはり一繋がりのフィリピン海プレートも同程度5センチ程度の歪みが毎年安定して発生していると当然仮定すべきです。相模トラフ、駿河トラフも100年で5メートル程度の歪みが発生しているのです。

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 小さな地震は、様々な要因が重なっており、予測は難しいかも知れませんが、大きな地震は、地殻が突然破断するとは物理学的に考えると不合理ですので予測は可能な筈です。

 破断に至る前に、地殻が破断に耐えれる限界付近においては、地殻が間もなく破断するサインを出している筈です。例えば破断付近において連続して地震が発生する、或いは破断面付近の地殻から高い周波数の振動を発生するなど物理学的に必ず破断の兆候がある筈なのです。この兆候がなく突然地殻が破断するのは、物理学的に考えれば大きな外力が加わった時以外にはないのです。しかし、国土は広いので予測など不可能と考えがちですが、南海地震や三陸沖地震のように場所が限定されている場合には、観測網を充実させれば必ず大地震の兆候は把握できます。理論的にできるものは、必ずできるのです。

 ※電気通信大名誉教授の早川正士の理論
 地震が起こる約1週間前、前兆現象として地殻のヒビ割れが起こる。このヒビが電磁波を発生させ、地球上空の電離層に作用する。電離層は通常、上空60キロメートル~800キロメートルに存在するが、電磁波の影響を受けると地上に数キロメートル近づく。地上から送信される電波は電離層ではね返り、再び地上で受信されるため、異常があれば、電波の送受信がいつもより短時間で行われる。早川氏はこの現象に着目し、地震予測に活用。前兆現象としての地殻のヒビ割れは火山の噴火予測にも応用できるとしている。

紀元前後 南海トラフ超巨大大地震 M9

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684年11月26日 白鳳地震 南海トラフ巨大地震 M8 東海、東南海地震も同時発生

(天武13年10月14日)死者多数。土佐で津波により大きな被害。田園(約12km²)が海面下へ沈下(『日本書紀』)。南海地震を示唆する記録だが地質調査によればほぼ同時期に東海・東南海地震も発生。日本最古の津波記録

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887年8月22日 仁和地震(南海トラフ巨大地震) M8.0~8.5 同時に東海、東南海地震発生 溺死1,000人

 (仁和3年7月30日)京都・摂津を中心に死者多数。津波あり(『日本三代実録』)。南海地震の記録だが地質調査によればほぼ同時期に東南海・東海地震も発生。津波堆積物からM 9クラスであったとする説もある。石橋克彦は、この地震によって八ヶ岳が山体崩壊を起こし、形成された堰止湖が888年6月20日(仁和4年5月8日)に決壊したと、仮説を唱えた 

(前回地震との間隔 203年) ※資料が不備なために間隔は不正確と推測される

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1096年12月11日 永長地震(東海・東南海地震) M8.0~8.5 死者1万人以上

(嘉保3年11月24日) 東大寺の鐘が落下、伊勢・駿河で津波による大きな被害など。

1099年2月16日 康和地震(南海地震) M8.0~8.5 

(承徳3年1月24日)興福寺、天王寺に被害。死者は不明。地殻変動により土佐で田畑海没。津波被害は不明。土佐の地盤沈下記録の日付は康和2年1月X4日。

(前回地震との間隔212年)  ※資料が不備なために間隔は不正確と推測される

2回で大規模プレート破壊完結(破断)

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1185年8月6日 文治地震(元歴大地震) M7.4 南海トラフ巨大地震説

(元暦2年7月9日)法勝寺や宇治川の橋など損壊。余震が2か月ほど続く。琵琶湖の水が北流したという記録がある。鴨長明が『方丈記』で詳述。南海トラフ巨大地震説、および琵琶湖西岸断層帯南部の活動による説がある。滋賀県文化財保護協会によると、長浜市の塩津港遺跡はこの地震(堅田断層によるとする)液状化でできたものという

1200年頃 南海トラフ巨大地震 東海、東南海地震同時発生

地質調査によれば南海・東南海・東海地震が発生。

(前回地震との間隔101年) 2回で大規模歪みエネルギー開放(破断)

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1360年11月13日 紀伊・摂津地震  M7.5~8 東南海地震

(正平15年、延文5年10月4日・5日)記録は疑わしく地震の存在は疑問視される

1361年7月26日 康安地震  M7.5~8 南海トラフ連動型地震説

(正平16年、康安元年6月24日) 摂津・阿波・土佐で津波により大きな被害。

(前回地震との間隔161年) 2回で大規模歪みエネルギー開放(破断)

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1498年9月11日 明応地震巨大地震 M8.2~8.4 東海・東南海地震 死者3万~4万

(明応7年8月25日)伊勢・駿河などで津波により大きな被害、浜名湖が海と繋がる、鎌倉高徳院の大仏殿が押し流されるなど ※。地質調査によればほぼ同時期に南海地震も発生。南海トラフ沖にある長さ約300kmの海底活断層による地震の可能性がある

(前回地震との間隔137年) 一回で大規模歪みエネルギー開放(破断)

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1605年2月3日 慶長地震(南海トラフ巨大地震) M7.9~M8.0 関東~九州津波死者1万~2万人

(慶長9年12月16日) 関東から九州までの太平洋岸に津波、紀伊・阿波・土佐などで大きな被害。八丈島でも津波による死者数十人。死者1万〜2万人と推定されるが、津波以外の被害はほとんどなかった。 

(前回地震との間隔107年) 一回で大規模歪みエネルギー開放(破断)

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1707年10月28日 宝永地震(南海トラフ大地震)M8.4~8.6、49日後に富士山大噴火 死者2万人 関東から九州まで津波 南海トラフ破壊

(宝永4年10月4日)倒潰・流出家屋6万〜8万軒。関東から九州までの太平洋岸に津波、東海道宿場町・伊豆・伊勢・紀伊・阿波・土佐などで大きな被害(『楽只堂年録』)。地震から49日後に富士山の宝永大噴火。道後温泉の湧出が数か月間止まる。 

1708年2月13日 紀伊半島沖地震 M7.0 紀伊、伊勢津波 東南海トラフ破壊

(宝永5年1月22日)山田吹上町、一本木に及び、宮川堤防が破れた。宝永地震の余震と推定される。

(前回地震との間隔103年) 2回で大規模歪みエネルギー開放(破断)

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1854年12月23日 安政東海地震(東海・東南海地震) M8.4

(嘉永7年11月4日)房総半島から四国に津波、特に伊豆から熊野にかけて大きな被害。ロシア船ディアナ号(プチャーチン提督来航)沈没。 

1854年12月24日 安政南海地震(南海トラフ大地震) M8.4

(嘉永7年11月5日)紀伊・土佐などで津波により大きな被害(串本で最大波高11m)。大坂湾に注ぐいくつかの川が逆流。道後温泉の湧出が数か月間止まる。 

(前回地震との間隔146年) 2回で大規模歪みエネルギー開放(破断)

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1944年12月7日 東南海地震 M8.0 和歌山県沖 死者1200人

(昭和19年)静岡県御前崎市、三重県津市で最大震度 6。死者・行方不明者1,223人、伊豆から紀伊にかけて津波。

1946年12月21日 南海トラフ巨大地震 M8.0 中央付近 静岡、愛知、三重、奈良、和歌山 死者1443人

(昭和21年)中部地方から九州地方にかけて最大震度 5。死者・行方不明者1,443人、房総から九州にかけて津波。

(前回地震との間隔 92年) 2回で大規模歪みエネルギー開放(破断)

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過去の三陸沖地震

紀元前390年 三陸・房総超巨大海溝型地震、津波 M9クラス

 紀元前4世紀〜紀元前3世紀頃または紀元前390年頃 三陸から房総にかけてM 9級の超巨大海溝型地震と津波発生の可能性。宮城県気仙沼市大谷海岸で津波による堆積物が発見された

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95年 東北太平洋沿岸津波 869年貞観地震より規模は大きいと推測

  福島・岩沼沖で地震発生の可能性。アウターライズ地震で、貞観地震や東北地方太平洋沖地震時を超える規模の「東北太平洋沿岸津波」が発生したと推定されている。歴史研究家の飯沼勇義が提唱した。

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430年頃 三陸・房総超巨大海溝型地震、津波 M9クラス

 三陸から房総にかけてM 9級の超巨大海溝型地震と津波発生の可能性。産総研は869年の貞観地震と2011年の東北地方太平洋沖地震と同程度の規模の津波だったとみている。宮城県気仙沼市大谷海岸で津波による堆積物が発見された。

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869年7月9日 貞観地震 M8.3~8.6 岩手県沖~福島県沖  プレート破壊地震

(貞観11年5月26日夜)地震に伴う津波(貞観津波)の被害が甚大で死者約1,000人(『日本三代実録』)。多賀城損壊。津波堆積物調査から震源域が岩手県沖〜福島県沖、または茨城県沖の連動型超巨大地震の可能性も指摘される。東北地方太平洋側で繰り返し発生していると推定されるM 9クラスの地震の候補とされる

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1454年12月12日 享徳地震 会津強震、奥州海岸大津波

(享徳3年11月23日夜半)会津で強震、奥州海岸に大津波で人が多く流される。15世紀頃と見られる津波堆積物との関連性が指摘されている

※資料が不備なために間隔を推測することができない。

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1611年12月2日 慶長三陸大地震 M8.1 三陸沖 プレート破壊地震 死者2千~5千人

(慶長16年10月28日)十勝・根室沖のM 9クラスとする説がある。一方、東北地方太平洋側で繰り返し発生していると推定されるM 9クラスの地震の候補ともされる。伊達領で大津波による死者約2,000〜5,000人。

1616年9月9日 三陸沖地震 M7.0 仙台城破損   プレート破壊地震

(元和2年7月28日)大津波

※資料が不備なために間隔を推測することができない。

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1677年4月13日 延宝八戸地震 三陸沖 M7~8 プレート破壊地震

(延宝5年3月12日) 陸奥、陸中、八戸沖(青森県東方沖)で地震、津波あり、三陸沖北部の固有地震

1677年11月4日 延宝房総沖地震 福島、千葉県 M8

(延宝5年10月9日) 死者500〜600人。福島県〜千葉県に津波(茨城県地方史上最大の津波被害

1678年10月2日 宮城県北部沖地震 東北広範囲 M7.5 プレート破壊地震

(延宝6年8月17日)宮城県北部沖で地震 - M 7.5前後、死者1人、東北地方の広範囲で被害。

前回地震との間隔66年 3回で大規模歪みエネルギー開放(破断)

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1717年5月13日 宮城県沖地震 M7.5 プレート破壊地震

(享保2年4月3日)宮城県沖で地震 - M 7.5、陸前、陸中で津波や液状化により被害。

前回地震との間隔39年 1回で大規模歪みエネルギー開放(破断)

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1763年1月29日 宝暦八戸沖地震 M7.4~M7.9 プレート破壊

(宝暦12年12月16日) 津波あり。三陸沖北部の固有地震

1763年3月11日 八戸東方沖地震 M7 プレート破壊

(宝暦13年1月27日)津波あり。宝暦八戸沖地震の最大余震

1763年3月15日 青森県東方沖地震 M7 プレート破壊

(宝暦13年2月1日)青森県東方沖で地震 、宝暦八戸沖地震の余震

前回地震との間隔46年 3回で大規模歪みエネルギー開放(破断)

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1856年8月23日 安政八戸沖地震 M7.5~8.0 プレート破壊地震

(安政3年7月23日)三陸および北海道に津波。死者29人。三陸沖北部の固有地震

前回地震との間隔93年 1回で大規模歪みエネルギー開放(破断)

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1896年6月15日(明治29年) 明治三陸沖地震 M8.2~8.5 死者2万2千人 プレート破壊地震

津波地震、死者・行方不明者2万1,959人。

1896年6月16日(明治29年) 三陸沖地震 M7.5 M 7.5 の地震が2回発生。明治三陸地震の最大余震 プレート破壊

1897年2月20日(明治30年) 宮城県沖地震 M7.4 地割れや液状化、家屋に被害。 プレート破壊

1897年8月5日(明治30年) 三陸沖地震 M7.7 宮城県や岩手県で津波により浸水被害。プレート破壊

1898月4月3日(明治31年) 宮城県沖地震 M7.2 北海道から近畿にかけて有感、岩手県と宮城県の県境付近で被害。 プレート破壊

1901年8月9日(明治34年) 青森県東方沖地震 9日にM 7.2、10日にM 7.4。死者18人。

前回地震との間隔40年 6回で大規模大規模歪みエネルギー開放(破断)

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1933年3月3日(昭和8年) 昭和三陸沖地震 M8.1~8.2 岩手県、宮城県、福島県、茨城県で最大震度 5。大津波が発生し、死者・行方不明者3,064人。アウターライズ地震。 プレート破壊 

前回地震との間隔32年 一回で大規模歪みエネルギー開放(破断)

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1994年12月28日(平成6年) 三陸はるか沖地震 M7.6 青森県八戸市で最大震度 6、死者3人。プレート破壊

2011年3月11日(平成23年) 東日本大震災 M9.0 プレート破壊地震

 日本の地震観測史上最大地震。宮城県栗原市で最大震度 7。他に東日本の7県で震度 6弱以上を観測。死者・行方不明者約1万9000人。戦後最悪の震災。北海道から関東地方にかけて太平洋沿岸部への巨大津波で甚大な被害。福島第一原子力発電所事故を招く。3月11日以降の数日間に震源域から離れた場所で発生した地震も、誘発させた可能性が指摘されている。本地震の最大遡上高は、35mですが、史実では、最大遡上高85m( 1771年4月24日(明和8年3月10日) 八重山地震(明和の大津波)もあるのです。決して最大規模の津波ではないことに注意が必要です。85mの津波では人間の凡る建造物は、跡形もなく破壊されます。
前回地震との間隔61年 2回で大規模歪みエネルギー開放(破断)

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過去の相模トラフ地震

相模トラフ

 

Sagamitrough

 

駿河トラフ

 

Surugatorafu

 

黄線が駿河トラフ、赤線が南海トラフ

(ウィキペディアから引用)

※駿河トラフによるものか相模トラフによるものか判別が困難なため判別可能なものに限定している。記録の正確な1703年元禄地震以降で言えば70年間隔で安定して発生している。

878年10月28日 相模・武蔵地震 M7.4 相模トラフ

間隔不明

◇1241年5月15日 鎌倉地震 M7.0 相模トラフ破壊 津波 大鳥居拝殿流失

間隔 52年

◇1293年5月20日 鎌倉大地震 M8.0 相模トラフ巨大地震 死者2万3千人

間隔 140年

◇1433年10月28日 相模地震 M7 関東 相模トラフ破壊 利根川逆流

間隔 62年

◇1495年9月3日(9月12日)(明応4年8月15日) - 鎌倉大仏殿が津波で破壊されたと記録されている 相模トラフ

前の地震との間隔 78年

◇1573年天正小田原地震 M7

間隔 60年

◇1633年3月1日(寛永10年1月21日) 寛永小田原地震(相模・駿河・伊豆地震) - M 7.1あるいはM 7.0±1⁄4、小田原で大きな被害を出し死者110〜150人。駿河・熱海に津波。相模トラフ

(1648年6月13日(慶安元年4月22日)相模・江戸で地震 - M 7.0程度。小田原城破損、箱根で落石、死者1名。ただし、江戸での被害疑問とする見解もある)

間隔 70年

◇1703年12月31日(元禄16年11月23日) 元禄地震(元禄関東地震) - M 8.1〜8.2(Mw 8.1〜8.5[83])、関東南部に津波。死者6,700人、潰家、流家約28000軒 関東大震災同様小田原直下地震相模トラフ

間隔 79年

◇1782年8月23日(天明2年7月15日) 天明小田原地震 - M 7.0、住宅約800破損、小田原城損壊など。 相模トラフ地震

間隔 71年

◇1853年3月11日(嘉永6年2月2日) 小田原地震(嘉永小田原地震) - M 6.7±0.1、死者約20〜100人。

(1855年11月11日(安政2年10月2日) 安政江戸地震(安政の大地震) - M 7.0〜7.1、死者4,700〜1万1,000人。関東大震災同様小田原地震の余波)

間隔 70年

◇1923年9月1日 関東大震災(小田原直下地震が本震です。)

間隔 93年

◇2016年10月 小田原直下地震(東京大震災)?

 なぜ間隔が長いのか。地球のマントル対流が止まったという話は聞きませんので、歪みは常に蓄積されてます。小田原地震が発生しないということは、地震動を引き起こすほどの歪みが蓄積されてないということです。

 推測されるのは、関東大震災が偶々歪み完全開放を引き起こしており、歪み蓄積の間隔が延びたというのが合理的な考え方です。大体70年間隔ですので、ソロソロ歪みの蓄積は十分です。いつ発生してもおかしくない。また、歪みの蓄積は大きくなっている可能性がある。

なぜ関東大震災が小田原直下地震なのか。引用 study2 3度揺れた首都・東京

 「冒頭で紹介したように,関東地震の際に東京では3度の大きな揺れがあったという 証言は数多い。しかし大正末期の当時は,地震発生のメカニズムは分かっていなかった。いわゆるプレートテクトニクス理論が確立され,震源が地下で動く断層 であることが確認されるのは,1965(昭和40)年ごろのことである。
 これまでの当社の研究による結論からいえば,3度の揺れのうち,最初が本震,あとの2回は余震である。そして本震は,ふたつの大きな断層の滑りが短時間に連続した「双子地震」であった。
  本震の双子地震とは,最初の大きな断層の滑りが神奈川県の小田原の直下で発生し,約10~15秒後に三浦半島の直下で2度目の大きな滑りが起こったと考え られる。ふたつの滑りによる揺れの差を感じたのは震源の近くで被災した人々だけだ。最初の滑りの真上にあたる小田原ではいきなり上下動をともなう激震に見 舞われ,2度目の滑り地点に近い藤沢の小学校では,やや緩い揺れがしばらく続いたのちに,校舎が瞬く間に倒れるほどの激しい上下動をともなう揺れが襲った という。
 一方,震源から離れた東京では,双子地震の本震を30~60秒にわたる“一度目の揺れ”として感じたことになる。そのあとに2回の余震 の揺れを感じたため,都合“3度の揺れ”を感じる結果となったのだ。1回目の余震の揺れが,本震以上だったとする体験談もあるほどだ。ところが,地震計の 針が本震ですぐに振り切れて余震を記録できなかったものが多く,3度の揺れが解析されない原因となってきた。
 今回の研究で全国の記録を調査した結果,岐阜測候所の上下動の地震計が,図1に示すように,本震と2回の余震を区別して完全に記録していることが判明した。この記録とさまざまな資料や体験談を分析し,2回の余震の震源を推定したのが図3である。
  震源の規模を示すM(マグニチュード)でいえば,長さ130kmもの巨大な断層面でM8クラスの本震が双子地震で起こり,その3分後にM7クラスの大余 震,さらに1分半後にM7クラスの大余震が再び発生したことになる。その度に関東各地は強い揺れに見舞われ,断続的に5分間の激震が襲った──これが関東 地震の揺れの正体であった。」

  よって、関東大震災(小田原直下地震)から93年が経過しており、相模トラフの応力による歪み開放による小田原直下地震を契機とした東京直下地震は秒読み段階に入っており、いつ発生しても不思議ではない。また、相模トラフ応力による歪みを20年分余分に蓄えた結果、地震は巨大化する。

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津波から生き延びるために(鎌倉市役所作成)

 現在の地震学では、歪みエネルギーの蓄積がどこにあるのかが重要ですが、現在の学問の水準では、地域を限定して、確率で表すより方法がありません。しかも、その確率も熊本大地震でも確率0.9%で大地震が発生するのですから、すべての場所で備えるしか方法ありません。残念ですが、どこで地震が起きるのかは明確には予測できないのです。しかし、大地震が発生しても謝る訳でもなく、膨大な国家予算を使いながら単なる学者としてのアリバイ作りに見えることは残念なことです。

 テレビの解説者は無責任なことも言えず、熊本県熊本地方の断層帯としてのみ評価するとのコメントです。地震調査研究推進本部が「中央構造線断層帯は連続的に分布しており、地表における断層の形状のみから将来同時に活動する区間を評価するのは困難です。」と明確に予測できないことを説明してます。

 最高の知見を以ってしても評価できないものを敢えて素人が評価しても、落語の熊さんの話の類にしかなりません。ブログは、眉唾であることを十分に理解して読んで下さい。

 政府の地震調査研究推進本部の「都道府県毎の地震活動」には、都道府県毎の地震の発生確率が公表されてます。

 各地域別のお住まいの県をクリックしますと、末尾に地震の年表が掲げてあります。その中で最近マグニチュード7、8の地震が発生しているか、即ち歪みエネルギーが過去に開放されているか確認することは、地震発生の一つの目安になります。

 今回の熊本大地震を見ますと1625年7月21日熊本地震M5~6(熊本城損壊、火薬庫爆発)、144年後の1769年8月23日に日向、豊後、肥後地震M7 3/4(大分城損壊)が発生してます。この120年後の1889年7月28日には、熊本地震M6.3(熊本城損壊)が発生してます。この地震から127年経過して今回の熊本地震M7.3(熊本城損壊)が発生してます。このように規則性があるものなのです。規則性がなければ調べてもしょうがない話です。

九州・沖縄地方の地震の発生確率

中国・四国地方の地震の発生確率

近畿地方の地震の発生確率

中部地方の地震の発生確率

関東地方の地震の発生確率

東北地方の地震の発生確率

北海道地方の地震発生確率

末尾に補足3「日本の地震の歴史からの経験則」を掲げておきます。

ブログ 九州の地震と関東の地震は関係ないのか(地震の規則性) 離れた地域の地震の規則性について調べてみました。

補足1

主要な中央構造線断層帯関連地震

(煩雑になるため、三陸沖地震、南海トラフ地震、中央構造線断層帯自陣にのみ絞ってます。赤字が南海トラフ地震、青地が中央構造線断層帯地震、黒字が三陸沖地震等です。)

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富士山噴火を追加しました。

紀元前390年 三陸・房総超巨大海溝型地震、津波 M9クラス

紀元前後 南海トラフ超巨大大地震 M9

95年 東北太平洋沿岸津波 869年貞観地震より規模は大きいと推測

416年8月22日 弁恭地震 奈良県飛鳥村 中央構造線関連地震 記録上最初の地震

430年頃 三陸・房総超巨大海溝型地震、津波 M9クラス

599年5月26日 推古地震 奈良県大和国 M7 中央構造線関連地震

684年11月26日 白鳳地震 南海トラフ大地震 M8 東海、東南海地震も同時発生

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715年6月30日 遠江国地震 静岡、愛知 M6.5~7 中央構造線関連地震

734月5月4日 畿内七道地震 M7 生駒断層直下型 中央構造線関連地震

745年6月1日 天平地震 岐阜県美濃地方 M7.9 中央構造線関連地震

762年6月5日 美濃・飛騨・信濃地震 岐阜、長野 M7以上 中央構造線関連

781年 富士山噴火

800年 延歴大噴火

802年 富士山噴火

818年8月頃 弘仁地震 北関東 M7.9以上 死者多数 中央構造線関連

864年 富士山大噴火(青木ヶ原樹海生成)、阿蘇山噴火

869年7月9日 貞観地震 M8.3~8.6 岩手県沖~福島県沖  プレート破壊地震

878年10月28日 相模・武蔵地震 M7.4 相模トラフ

887年7月29日 京都地震 M6.5

887年8月22日 仁和地震(南海トラフ大地震) M8.0~8.5 同時に東海、東南海地震発生 溺死1,000人 (前回地震との間隔 203年)

937年11月(承平7年)11月 富士山噴火現在の河口湖と富士吉田市の間にあった「御舟湖」を埋め、剣丸尾第1溶岩を噴出させた噴火 

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999年 富士山噴火

1033 富士山噴火

1096年12月11日 永長地震(東海・東南海地震) M8.0~8.5 死者1万人以上

1099年2月16日 康和地震(南海地震) M8.0~8.5 (前回地震との間隔212年)

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1185年8月6日 元歴大地震 M7.4 南海トラフ巨大地震説

1200年頃 南海トラフ巨大地震 東海、東南海地震同時発生(前回地震との間隔101年)

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1241年5月15日 鎌倉地震 M7.0 相模トラフ破壊 津波 大鳥居拝殿流失

1257年10月2日 正嘉地震 M7~7.5 関東南部被害 三陸津波襲来

1293年5月20日 鎌倉大地震 M8.0 相模トラフ巨大地震 死者2万3千人

1331年8月7日 紀伊地震 M7.0以上 中央構造線関連地震

1331年8月11日 元弘地震 M7.0 東海地方 中央構造線関連地震

1360年11月13日 紀伊・摂津地震  M7.5~8 東南海地震

1361年7月26日 康安地震  M7.5~8 南海トラフ連動型地震説(前回地震との間隔161年)

1408年1月12日 応永地震 M7~M8 紀伊、伊勢地方 中央構造線関連地震

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1433年10月28日 相模地震 M7 関東 相模トラフ破壊 利根川逆流

1435年 富士山噴火

1454年12月12日 享徳地震 会津強震、奥州海岸大津波

1498年9月11日 明応地震 M8.2~8.4 東海・東南海地震 死者3万~4万(前回地震との間隔137年)

1520年3月25日 永正地震 M7.0 紀伊・京都 中央構造線関連地震

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1511年 富士山噴火

1586年1月18日 天正地震(東海東山道地震、飛騨・美濃・近江地震) M7.8~8.1 中央構造線関連地震 M8の3つの地震が同時発生 日本海、太平洋で津波

1590年3月21日 安房地震

1596年9月1日 慶長伊予国地震 M7 愛媛県   中央構造線関連地震

1596年9月4日 慶長豊後地震 M7 大分県 中央構造線南端関連地震

1596年9月5日 慶長伏見地震 M7 京都府   中央構造線関連地震

1605年2月3日 慶長地震(南海トラフ大地震) M7.9~M8.0 関東~九州津波死者1万~2万人 (前回地震との間隔107年)

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1611年9月27日 会津地震 M6.9 死者3千7百人

◎1611年12月2日 慶長三陸大地震 M8.1 三陸沖 プレート破壊地震 死者2千~5千人

1614年11月26日 高田領地震 M7.7 震源 直江津沖、会津、伊豆、紀伊、山城、松山

◎1616年9月9日 三陸沖地震 M7.0   仙台城破損  プレート破壊地震

◎1619年5月1日 八代地震 M6.0 中央構造線南端関連地震

◎1625年7月21日 熊本地震 M5~M6 火薬庫爆発、熊本城破損 中央構造線南端関連地震

※三陸沖地震と八代地震の間隔3年

1627年10月22日 松代地震 M6.0 長野県 中央構造線北端関連地震

1628年8月10日 江戸地震 M6.0 江戸城石垣損壊 中央構造線北端関連地震? 

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1649年3月17日 安芸、伊予地震 松山城、宇和島城の石垣、塀損壊 中央構造線関連

1671年2月27日 紀伊水道沖地震 畿内、山陽道、南海道 M7.3 中央構造線関連

1677年4月13日 延宝八戸地震 三陸沖 M7~8 プレート破壊地震

1677年11月4日 延宝房総沖地震 福島、千葉県 M8

1678年10月2日 宮城県北部沖地震 東北広範囲 M7.5 プレート破壊地震

1686年1月4日 安芸・伊予地震 広島県中西部 M7~7.4 中央構造線関連

1703年12月31日 豊後地震 大分湯布院、庄内 M6.5 元禄地震と同時刻に発生 中央構造線関連

1703年12月31日 元禄地震 関東南部 M8.1~8.2 死者6千7百人

1705年5月24日 阿蘇山地震 阿蘇山付近 岡城破損 中央構造線南端関連地震

1707年10月28日 宝永地震(南海トラフ大地震)M8.4~8.6、49日後に富士山大噴火 死者2万人 関東から九州まで津波 南海トラフ破壊 

1707年10月29日 宝永富士宮地震 M7 東海道宿場町被害 

1708年2月13日 紀伊半島沖地震 M7.0 紀伊、伊勢津波 東南海トラフ破壊(前回地震との間隔103年)

1715年2月2日  大垣、名古屋、福井地震 M6.5~M7 中央構造線関連

1717年5月13日 宮城県沖地震 M7.5 プレート破壊地震

1718年 三河、伊那遠山谷 M7 中央構造線関連

1723年12月19日 肥後、筑後地震 M6.5 中央構造線関連 

1725年8月14日 高遠・諏訪 M6~6.5 諏訪高島城石垣、塀、門崩れる 中央構造線関連

※宮城県沖地震と三河地震と1年、肥後筑後地震と6年

1763年1月29日 宝暦八戸沖地震 M7.4~M7.9 プレート破壊

1763年3月11日 八戸東方沖地震 M7 プレート破壊

1763年3月15日 青森県東方沖地震 M7 プレート破壊

1769年8月28日 日向、豊後、肥後地震 M7~7.2 中央構造線関連

※青森県東方沖地震と肥後熊本の地震間隔6年

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1854年12月23日 安政東海地震(南海トラフ大地震) M8.4 

1854年12月24日 安政南海地震(南海トラフ大地震) M8.4 (前回地震との間隔146年)

1854年12月26日 豊予海峡地震 M7.3~M7.5 中央構造線関連地震

1855年11月11日 安政江戸地震 M7.0~M7.1  中央構造線北端関連地震?

1856年8月23日 安政八戸沖地震 M7.5~8.0 プレート破壊地震

1857年10月12日 安芸伊予地震 M7.0 中央構造線関連地震

1861年2月14日 文久西尾地震 M6

※安政八戸沖地震と伊予地震の間隔1年、文久西尾地震との間隔5年

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明治時代の連動地震

1889年7月28日23時45分 熊本地震 M6.3 熊本城損壊 中央構造線南端関連地震

1891年10月28日 濃尾地震 M8.0 中央付近 中央構造線関連地震

1894年     阿蘇 M6.3

1894年6月20日 明治東京地震 M7.0 級の直下型地震 中央構造線北端関連地震?

1895年1月18日 霞ヶ浦地震 M7.2 中央構造線北端関連地震?

1895年     阿蘇

1896年6月15日 明治三陸沖地震 M8.2~8.5 死者2万2千人 プレート破壊地震

1896年6月16日 三陸沖地震 M7.5 プレート破壊

1897年2月20日 宮城県沖地震 M7.4 プレート破壊

1897年8月5日 三陸沖地震 M7.7 プレート破壊

1898月4月3日 宮城県沖地震 M7.2 プレート破壊

1899年3月7日 紀伊・大和地震 M7 三重県を中心に近畿地方南部 プレート破壊

※宮城県沖地震と紀伊・大和地震の間隔1年

1899年11月25日 日向地震 M6.9

1901年8月9日 青森県東方沖地震 M7.2

1905年6月2日 芸予地震 広島湾、伊予灘 M7~7.3 中央構造線関連

※青森県東方沖地震と芸予地震の間隔4年

1916年11月26日 明石地震 新居浜、明石付近 M5.7 中央構造線関連

1916年     熊本中部 M6.1 中央構造線関連

1922年4月26日 浦賀水道地震 M6.8

1922年12月8日 島原地震 M6.5

1923年7月13日 九州地方南東沖地震 M7.3

1923年9月1日 関東大震災 M7.9 死者・行方不明 10万5千人

1933年3月3日 昭和三陸沖地震 M8.1~8.2 プレート破壊 死者3千人

1936年2月21日 河内大和地震 大阪府、奈良県 M6.4 中央構造線関連

1941年7月15日 長野地震 M6.1 中央構造線関連

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1944年12月7日 東南海地震 M8.0 和歌山県沖 死者1200人

1945年1月13日 三河地震 M6.8 死者2306人 中央構造線関連

1946年12月21日 南海トラフ巨大地震 M8.0 中央付近 静岡、愛知、三重、奈良、和歌山 死者1443人(前回地震との間隔 92年)

1961年8月19日 北美濃地震 M7 中部から近畿地方 中央構造関連

1965年8月3日 松代群発地震 M6.4相当 中央構造線関連 

1969年9月9日 岐阜県中部地震 M6.6 長野県三岳村 中央構造線関連

1975年 阿蘇北部 M6.1 中央構造線関連

1975年 大分中部 M6.4 中央構造線関連

1984年914日 長野県西部地震 M6.8 長野県王滝村 中央構造線関連

1994年12月28日 三陸はるか沖地震 M7.6 プレート破壊

1995年1月17日 阪神淡路大震災 M7.3 

2001年3月14日 芸予地震 M6.7 広島県河内町、熊野町 中央構造線関連

2003年5月26日 宮城県沖地震 M7.1 プレート内部

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2011年3月11日 東日本大震災 M9.0 プレート破壊地震

2011年3月12日 長野県北部地震 M6.7 長野県栄村 中央構造線関連 

2011年6月30日 長野県中部地震 M5.4 長野県松本市 中央構造線関連

2013年4月13日 淡路島地震 M6.3 淡路島 中央構造線関連

2014年11月22日 長野県北部地震 M6.7 中央構造線関連

2016年4月16日 熊本大地震 M7.3 中央構造線南端関連地震

東日本大震災と熊本地震の間隔5年

 

(Wikipediaの地震の年表(日本)から抜粋)

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 今回の熊本大地震、東日本大震災から過去の地震を調べてみますと、1586年のような南海トラフ巨大地震を伴うような最悪パターンではなく、1611年型に非常に良く似てます。

 その部分を抜き出しますと次のような地震発生の順序になります。

1498年9月11日 明応地震 M8.2~8.4 東海・東南海地震 死者3万~4万

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1596年9月1日 慶長伊予国地震 M7 愛媛県   中央構造線関連地震

1596年9月4日 慶長豊後地震 M7 大分県 中央構造線南端関連地震

1596年9月5日 慶長伏見地震 M7 京都府   中央構造線関連地震

1605年2月3日 慶長地震(南海トラフ大地震) M7.9~M8.0 関東~九州津波死者1万~2万人 

1611年9月27日 会津地震 M6.9 死者3千7百人

◎1611年12月2日 慶長三陸大地震 M8.1 三陸沖 プレート部分破壊地震 死者2千~5千人

◎1616年9月9日 三陸沖地震 M7.0   仙台城破損  プレート部分破壊地震

以上を東日本大震災に見立てる。

◎1619年5月1日 八代地震 M6.0 中央構造線南端関連地震

◎1625年7月21日 熊本地震 M5~M6 火薬庫爆発、熊本城破損 中央構造線南端関連地震

 以上を熊本大震災に見立てる。すると、今回の熊本大地震に似ているように見えませんか。

 三陸沖を一塊、八代、熊本を一塊として見るとスッキリします。三陸沖地震と熊本地震の間隔も3年です。

 この後は、次のようになります。

1627年10月22日 松代地震 M6.0 長野県 中央構造線北端関連地震

1628年8月10日 江戸地震 M6.0 江戸城石垣損壊 中央構造線北端関連地震?

 なぜ三陸沖大地震が中央構造線断層帯に影響を与えるかと言えば、研究者がGPSを利用して日本列島全体に5センチ程度移動していると研究成果を発表してましたが、日本列島全体に歪みを与えており、中央構造線断層帯全体にも当然影響を与えると推測できます。また、近時離れた場所の地震を誘発する遠隔誘発という考え方があり、研究の端緒に就いたばかりです。中央構造線断層帯南端の大地震がそれの北端に位置する関東の地震を誘発するという考え方は、決して不合理な考え方ではないのです。

 過去において、三陸大地震発生後な中央構造線断層帯地震が発生している例を補足3「日本の地震の歴史からの経験則」18に掲げます。

 このような中央構造線断層帯の連動地震を歴史を見せられると南海トラフ巨大地震も中央構造線断層帯連動地震と伴に起こるのではないかと考えがちですが、慶長年間の南トラフ大地震は、偶々連動地震と時期が一致しているだけで、その前の南海トラフ大地震は、107年前に発生してますので時期的に歪みエネルギーの開放時期だっただけです。

 現在の南海トラフ地震は、1944年及び1946年に歪みエネルギーを開放しており今回の熊本大地震と連動して生起する確率は極めて低い。歪みエネルギーが100年程度蓄積されないと地震にはならないからです。

 しかし、地震の歴史を見ると南海トラフと熊本大地震(中央構造線断層帯)は、規則性があります。「南海トラフ地震の前30年から後ろ10年の間に中央構造線断層帯大地震が発生する。」という規則性が日本の地震の歴史から見て取れます。補足3の#5に例を掲げます。

 南海トラフ地震は、歪みエネルギー開放間隔の一定しており、過去の最短期間92年をとっても2038年です。やはり最大警戒区域は、中央構造線断層帯全般及び北端付近に位置する関東地方ということになります。「左警戒、右見張り」が必要なようです。

過去の歴史から見た中央構造線断層帯の歪みエネルギーの開放の仕方

 地震調査研究推進本部では、中央構造線(1000キロ)の評価対象を近畿地方の金剛山地の東縁から伊予灘に達する断層帯360キロに限定して評価対象としてます。また、中央構造線断層帯は連続的に分布しており、地表における断層の形状のみから将来同時に活動する区間を評価するのは困難ですとしてます。専門家が評価できないものを素人ができる訳がありません。したがって、以下は、勝手に落語の熊さん的に夢想しているメカニズムです。 

 太平洋プレートが北米プレートに潜り込み三陸沖地震を引き起こします。フィリピンプレートがユーラシアプレートに潜り込み南海トラフ大地震を引き起こします。日本列島は、北米プレートとユーラシアプレートに乗ってますから、プレート接合面が破断する前に一帯として接合している中央構造線断層帯にも応力がかかると推測することに論理的不整合はありません。

 ですから、南海トラフ大地震が発生する前、あるいは同時かその後に列島中央構造線断層帯で大規模な地震がおきる訳です。中央構造線断層帯地震とは、陸地におけるプレート破壊並の横ずれ地震ともいえるものです。 

 中央構造線断層帯の地震は、必ずしも南端から地殻の破壊が始まるとは限りません。今回の熊本大地震は、南端から始まったということだけです。今後地震がどう推移するかは誰も分かりません。ただ中央構造線断層帯に住む方は、万が一に備えて警戒・監視・準備をするだけです。

 現在は、地震について、いつ発生するのか。発生してもどのように終息するのか、歪みエネルギーはすべて開放されたのかなど何もわからないのですから、現在の状況と過去の状況を照らし合わせて、熊本大地震が、中央構造線断層帯が絡む地震と唱えることは何ら不思議なことではありません。十分な厳重な準備、警戒、監視が必要です。

補足2

2011年3月11日 東日本大震災 M9.0 プレート破壊地震

2016年4月16日 熊本大地震 M7.3 中央構造線南端関連地震

 日本の地震の歴史を見ると、三陸沖のプレート破壊が既に何度も生起してます。巨大プレート破壊が他の地殻に影響を及ぼさないと考えることは非論理的です。その前後には、地震が頻発してます。また、これは、大規模トラフ破壊である南海トラフ地震にも言えることです。

 したがって三陸沖プレート破壊の後にどのような地震が歴史上生起していることを確認することは無駄でありません。それで1611年頃は参考になりませんかと提起しているのです。

 過去の歴史を参照するに当たって前提条件に変更がないことが必要です。日本列島を取り巻くプレート構造にこの数百年で変更がありません。

 地震学を演繹的に推測することは考慮する要件があまりに多くて不可能に見えます。ならば帰納的な手法を用いて、我々が知らないプレートの動き方もすべて表した結果としての歴史の事実から経験則として参考にすることは、メカニズムが不明なものへの対処方法として不合理な方法ではありません。もっともいかなる歴史に学ぶかという問題が残ります。私見で1611年が参考になると勝手に推測しているだけです。勿論、落語の熊さん的推測です。

 それは、例え学問的知見の評価を得てなくともそこに住む住民にとっては必要なことです。専門家も日本列島は東日本大震災以降地震活動期に入ったと明言してます。過去の歴史に学び、備えることは必要です。

補足3

日本の地震の歴史からの経験則

1 南海トラフ地震の間隔は安定しており、100年~150年の間隔で必ず発生する。過去の最短期間は、92年、最長で212年である。

2 南海トラフ地震は、プレート破壊が一度に行われず、数度に渡ってプレートを破壊することがある。この場合、多くは2度のプレート破壊で歪みエネルギーを開放する。南海トラフのプレート破壊による歪みの開放は、三陸沖プレート破壊のように何度にも渡ることはない。

3 南海トラフ地震は、南海トラフ、東南海トラフ、東海トラフと分かれて発生する時は、それぞれの発生間隔は、極めて短い。

4 南海トラフ地震は、南海トラフ、東南海トラフ、東海トラフと3連動地震になることがあり、その場合は、巨大地震と津波が発生する。要するに一度でプレートを破壊しすべての歪みエネルギーを開放する。この場合、津波の範囲は、最大で関東から九州までとなる。

5 南海トラフ地震の30年前から後ろ10年の間に中央構造線断層帯大地震が発生する。その例を示す。

 最後の南海トラフ大地震は、1946年です。それから過去最短期間で92年です。すると次の南海トラフ大地震は、2038年になります。その前30年とは、2008年になります。この経験則どおりに熊本大地震は発生してます。中央構造線断層帯地震は、南海トラフ大地震が終了するまで続きます。終了してもなお過去の例からは10年程度は大地震が起きます。

  中学校の理科で破断について教えてもらいますが、木材などに応力を徐々にかけてゆくと、いきなり破断にはなりません。弱い部分にミシッ、ミシッと亀裂が入り、遂に耐えきれなくなり破断に至ります。この知見と同じで南海トラフの破断もその前に脆弱な部分に亀裂が入り、破断に至ると考えることができます。

 1944年東南海地震、1946年の南海トラフ地震は、前回の南海トラフ地震との間隔92年ですが、発生の8年前から中央構造線断層帯で地震が起きてます。短い間隔でも歪みの蓄積は膨大であることが理解できます。

 高校地学で習う、アフリカ、南太平洋地域における地球の外核からマントル物質が上昇するスーパープルーム、ユーラシア大陸の下でマントルが地球の外核に下流するコールド・プルームの流れは以外に早いことが想像できます。地球内部の大局的な運動は、この二つの流れに支配されている。(プルームテクトニクス)。従って表層のプレートも、この運動に支配されている。

例1

331年8月7日 紀伊地震 M7.0以上 中央構造線関連地震

1331年8月11日 元弘地震 M7.0 東海地方 中央構造線関連地震

1360年11月13日 紀伊・摂津地震  M7.5~8 東南海地震

1361年7月26日 康安地震  M7.5~8 南海トラフ連動型地震説

(南海トラフ地震の29年前に発生)

例2

1586年1月18日 天正地震(東海東山道地震、飛騨・美濃・近江地震) M7.8~8.1 中央構造線関連地震 M8の3つの地震が同時発生 日本海、太平洋で津波

1590年3月21日 安房地震

1596年9月1日 慶長伊予国地震 M7 愛媛県 中央構造線関連地震

1596年9月4日 慶長豊後地震 M7 大分県 中央構造線南端関連地震

1596年9月5日 慶長伏見地震 M7 京都府 中央構造線関連地震

1605年2月3日 慶長地震(南海トラフ大地震) M7.9~M8.0 関東~九州津波死者1万~2万人 

(南海トラフ地震の19年前に発生)

例3

1686年1月4日 安芸・伊予地震 広島県中西部 M7~7.4 中央構造線関連

1703年12月31日 豊後地震 大分湯布院、庄内 M6.5 元禄地震と同時刻に発生 中央構造線関連

1703年12月31日 元禄地震 関東南部 M8.1~8.2 死者6千7百人

1705年5月24日 阿蘇山地震 阿蘇山付近 岡城破損 中央構造線南端関連地震

1707年10月28日 宝永地震(南海トラフ大地震)M8.4~8.6、49日後に富士山大噴火 死者2万人 関東から九州まで津波 南海トラフ破壊 

1707年10月29日 宝永富士宮地震 M7 東海道宿場町被害 

1708年2月13日 紀伊半島沖地震 M7.0 紀伊、伊勢津波 東南海トラフ破壊

(南海トラフ地震の22年前に発生)

例3

1854年12月23日 安政東海地震(南海トラフ大地震) M8.4 

1854年12月24日 安政南海地震(南海トラフ大地震) M8.4 

1854年12月26日 豊予海峡地震 M7.3~M7.5 中央構造線関連地震

1855年11月11日 安政江戸地震 M7.0~M7.1  中央構造線北端関連地震?

1857年10月12日 安芸伊予地震 M7.0 中央構造線関連地震

1861年2月14日 文久西尾地震 M6

(南海トラフ地震の後7年間)

例4 最重要例(熊本→鳥取→東南海→三河→南海)

1936年2月21日 河内大和地震 大阪府、奈良県 M6.4 中央構造線関連

1941年7月15日 長野地震 M6.1 長野市震度6 中央構造線関連

1941年11月19日 日向灘地震 M7.2 熊本、宮崎震度5

1943年9月10日 鳥取地震 M7.0 鳥取市最大震度6 死者1083人

1944年12月7日 東南海地震 御前崎、津市震度6 M8.0 和歌山県沖 死者1223人

1945年1月13日 三河地震 津市 震度5 M6.8 死者2306人 中央構造線関連

1946年12月21日 南海トラフ巨大地震 M8.0 中央付近 静岡、愛知、三重、奈良、和歌山 死者1443人

(南海トラフ地震の8年間に発生)

6 三陸沖地震は、必ず発生する地震である。地震と地震の間隔は、安定しないが50年の間隔でみれば遭遇する確率は極めて高い。最大地震では、津波の範囲は、東日本の太平洋岸全域及び北海道太平洋岸となる。津波の高さは最大で35メートルになる。

7 三陸沖地震は、通常歪みエネルギーの開放は、短期間で数度に渡り行われる。南海トラフのプレート破壊による歪みの開放は、2度以上に分かれて発生することは稀である。

8 三陸沖地震のプレート破壊が稀に一度に連続して行われることがある。この場合は、巨大地震となる。

9 三陸沖巨大地震は、中央構造線断層帯地震に影響して発生することがある。その間隔は最大でも5年前後である。例を下に示す。

10 南海トラフ地震と中央構造線断層帯地震は、連動して発生しているように見える例もあるが、その前のトラフ破壊から100年程度経過している。歴史上、南海トラフ地震が92年以下の間隔で発生した例はない。

11 中央構造線断層帯地震も必ず発生する地震であるが、場所、間隔に規則性はない。

12 中央構造線断層帯地震は、慶長伊予国地震のように稀に連動して発生することがある。

13 江戸で発生する地震と中央構造線断層帯地震が極めて近く関係があるように見える地震例がある。 

14 巨大地震の発生にともない阿蘇山噴火、富士山噴火の例があるが歴史上稀である。活火山と地震の間に極めて少数の例(1707年南海トラフ地震)を除いて有意な相関は認められない。ただし、木村政昭氏の富士山噴火予測では、2014年プラマイ5年とされてます。

15 相模トラフが関係する地震は、安定して70年間隔で発生しており、現在は秒読み段階に入っている。

16 元禄地震のように江戸と大分で同時刻に地震が発生する例がある

17 この21年間で阪神大震災、東日本大震災、熊本大地震と巨大地震が発生している。日本列島では、必ず巨大地震が起きると覚悟することが必要です。年間の学校生活、社会生活に全ての方が参加する震避難訓練、災難対応訓練を組み込む必要があります。また、ここ100年程度は偶々平穏な時代だったということにも感謝すべきです。

 更に言えば地球46億年の歴史の中で千年程度でマグマが冷却されて活動が低下したなど荒唐無稽なことを考えるべきではない。そのように考えると地震活動期に入れば千年前、二千年前に生起したことが再現されると考えることは何ら不合理なことではありません。ポンペイのベスビオ火山の大噴火が再現されても全く驚くべきことではないということになります。

18 関東、江戸の地震の前に九州地方で地震が発生している例がある。無駄かも知れないが東京地方要注意。規則性があるように見えます。

1625年 熊本地震 M5~6 熊本城破損 と 1628年 江戸地震 M6 江戸城破損 間隔3年

1703年 元禄地震 M8.1~8.2 死者6700 と 1703年 豊後地震 間隔なし

1889年 熊本地震 M6.3 熊本城破損 と 1894年 明治東京地震 M7 間隔5年

1922年 島原地震 M6.5、1923年 九州地方南東沖地震 M7.3 と 1923年 関東大震災 M7.9 間隔1年

19 三陸沖巨大地震と中央構造線断層帯地震の間についても歴史を見るとわずかの間隔で発生している例があります。規則性があるように見えます。

1616年9月9日 三陸沖地震 M7.0、1619年5月1日 八代地震 M6.0、1625年7月21日 熊本地震 M5~M6 ※三陸沖地震と八代地震の間隔3年

1717年5月13日 宮城県沖地震 M7.5、1723年12月19日 肥後、筑後地震 M6.5 ※三陸沖と肥後熊本地震の間隔6年

1763年3月15日 青森県東方沖地震 M7、1769年8月28日 日向、豊後、肥後地震 M7~7.2 ※三陸沖地震と肥後熊本の地震間隔6年

1856年8月23日 安政八戸沖地震 M7.5~8.0、1857年10月12日 安芸伊予地震 M7.0 ※三陸沖地震と伊予地震の間隔1年

2011年3月11日 東日本大震災 M9.0、2016年4月16日 熊本大地震 M7.3 ※東日本大震災と熊本大地震の間隔5年

流石にここまでお読みになるとゲップがでます。有難う御座いました。

関東大震災などで発生した地震の前兆現象

その他

太平洋を周辺の地震情報

4月17日08時59分 南米西部 エクアドル沖 M7.7

4月17日08時59分 南米西部 エクアドル沖 M7.4

4月17日08時59分 南米西部 エクアドル沖 M6.9

4月3日17時24分  南太平洋 インドネシア スマトラ南西沖 M6.9

4月3日17時24分  南太平洋 インドネシア スマトラ南西沖 M7.2

エクアドルでもスマトラでも断層が同時に複数破壊されてます。地球内部のマントル対流が活発化しているような気がして不気味です。

関連記事 

世界のあちこちで火山噴火が活発化しているね

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九州の地震と関東の地震は関係ないのか(地震の規則性)

http://www.jishin.go.jp/regional_seismicity/rs_tohoku/

 

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コメント

日本列島継ぎ接ぎですな。熊本地震発生から、高校時代より、構造線だの断層帯だの調べまくってまし 高校時代こんだけ地学のお勉強しればせんせを悩ます事も無かったのにね。


【 原子力規制庁 前長官 池田克彦、川内原発の再稼働を許可。審査の適正さが疑われる件 】

原子力規制庁 前長官 池田克彦(2012年9月~2015年7月)。

埼玉県警察 本部長 在任時に、埼玉県警察学校長が、前任の校長による業務上横領を報告し、処分を求めた。
しかし、県警上層部と共に、これをことごとく無視。

県警 最高幹部による重大な不正を正さない人物。
原発 再稼働審査の適正さが疑われる。

【 埼玉県警察学校 校長 小河進 副校長 岩淵敏雄 が業務上横領 】
http://blog.livedoor.jp/saitamalvdoor/archives/8291218.html

【 本部長 】

2004年4月~2005年8月 埼玉県警察 本部長 警視監 池田克彦
2005年8月~2008年4月 埼玉県警察 本部長 警視監 加地正人

【 警務部長 】

2005年3月~不明 埼玉県警察 警務部長 警視正 牛嶋正人
(就任後、警視長に昇任か?)

【 首席監察官 】
2005年3月~不明 警務部参事官 兼 首席監察官 兼 監察官室長 警視 伊藤茂
(2005年4月1日 警視正 昇任)
~2007年3月 監察官室長 警視正 伊藤茂

【 埼玉県警察学校 校長 】

2002年9月~2004年3月 朝霞警察署 署長 警視 小河進
2004年3月~2005年3月 埼玉県警察学校 校長 警視正 小河進 業務上横領
2005年3月~2006年3月(退職) 交通部長 警視正 小河進

一般財団法人 埼玉県警察福祉協会 理事 小河進
http://keiyu110.org/about/structure/

【 埼玉県警察学校 副校長 】

2002年9月~2003年9月 越谷警察署 副署長 警視 岩淵敏雄
2003年9月~2005年3月 埼玉県警察学校 副校長 警視 岩淵敏雄 業務上横領
2005年3月~2006年3月 羽生警察署 署長 警視 岩淵敏雄
( 2006年3月~2007年3月 羽生警察署 署長 警視 鷲平保雄 )
2006年3月~2007年9月 装備課長 警視 岩淵敏雄
2007年9月~2009年10月(退職) 警務部理事官 兼 監察官 兼 第三方面本部副本部長 警視 岩淵敏雄

【 埼玉県警察学校 庶務・厚生担当事務官 】
庶務・厚生担当事務官(警部級)は、内田義昭か? 

~2001年3月 厚生課 事務吏員 内田義昭
2001年3月~2003年3月 鴻巣警察署 会計課長 事務吏員 内田義昭
2003年3月~2005年3月 警察学校 校長補佐 事務吏員 内田義昭
2005年3月~2007年3月 運転免許課 課長補佐 事務吏員 内田義昭
2007年3月~2011年3月 交通機動隊 隊長補佐 内田義昭
2011年3月~2016年3月(退職) 秩父警察署 会計課長 内田義昭


12月6日 さいたま県警の元幹部でさいたま市警察部長(警視正)まで務めた警察OBの田中三郎氏(60歳)が、埼玉県県政記者クラブで記者会見を行って、元埼玉県警察学校長等 を 業務上横領の疑いでさいたま地検に告発したことを明らかにした。
 
記者会見には、「明るい警察を実現する全国ネットワーク」の代表で田中氏の代理人である清水勉弁護士と同ネットワークの会員で「市民の目フォーラム北海道」代表の原田宏二が同席した。
 
埼玉県警察学校の学生と教職員の任意団体「校友会」が、構内の売店業者から売上金の3%を「助成金」名目で上納させていたが、告発状によると田中氏の前任だった平成16年当時の校長(警視正 既に退職)は、庶務・厚生担当事務官(警部級)に「助成金は、当時の副校長(警視)に渡すよう」に指示し、平成16年4月から12月までの間の「助成金」計約125万円を「校友会」の出納帳に記載せず、
当時の校長や副校長ら3人が着服したとしている(告発状はPDF参照 http://www.ombudsman.jp/fswiki/wiki.cgi/akarui?action=PDF&page=%BA%EB%... )。

警察学校長に着任して、犯罪を取り締まる警察官のイロハを教えるところである警察学校に不正経理があることを知り愕然とするとともに、警察幹部として求められるルールに従って、警察本部長(警視監~キャリア)、警務部長(警視長~キャリア)等の県警上層部に報告したが、ことごとく無視され、改めて警察の自浄能力の無さと隠蔽体質を知らされる。

 田中氏は、こうした県警上層部の態度は、警察改革に逆行するものであると考えた。

 そして、警察が自浄機能を発揮することが無理ならば、本件事案の真相を明らかにする唯一の手段は司直の手にゆだねる以外にないとの結論に達し、平成20年の定年退職を待たず、職を退いた上で告発をすることにした。

 以下、田中氏の説明や当時の新聞報道からその経緯を追ってみよう。

1 使途不明金を知った経緯について

 警察学校では、平成17年3月22日付けの人事異動で、校長、副校長のほか、新設された庶務・厚生担当調査官(警視級)が新たに配置となり、庶務・厚生担当課長補佐(警部級)も交代となったことから、引継ぎ書類の点検や所掌業務の把握の過程で、使途不明金の存在が判明した。

 また、田中氏と前校長(元警視正、既に退職、被告発人)との事務引継ぎが警察学校校長室で行われた際、校内の売店から「助成金」を受け取っていることを知り、国家公務員倫理法で利害関係者からの金銭等の授受が禁止されていることもあり、田中氏は警察学校内で売店を営む業者から金銭の提供を受けることがあってはならないと判断し、早急に是正することを決意し、即刻、売店業者からの「助成金」の提供を辞退したという。

2 田中氏が講じた措置等

 田中氏の説明によれば、当時、警察学校長として、次のような措置を講じたという。

(1) 校友会の収入金については、前記の使途不明金を除き、いずれも校友会収入として金銭出納帳に記載され、いずれも支出の経緯及び領収書等の証拠書類が保管されていることなどから、単に帳簿記載上の単純ミスではなく、上級幹部がかかわる非違事案に発展する疑いが認められた。

(2) 本件事実を認知した後の平成17年3月下旬に、学校長から非違事案を調査する首席監察官(警視正)に電話速報するとともに、副校長等が同年7月末までに、少なくても4回にわたり、関係書類を本部に持参して事実関係を報告したほか、学校長自らが警察本部長、警務部長ほか関係部課長に口頭報告を行い、事実関係の調査を依頼した。

 しかし、その後においても、本部の対応が不明であったことから、平成17年9月26日、首席監察官に調査状況を確認したところ「上司の指示でそのままにしてある」との回答があったため、このままでは、後々県警の対応について非難を受けるおそれが懸念されたことから、再度、県警として適切な措置をとるように要求した。

 その過程で「これを調査したら北海道警のようになってしまうが、それでもいいのか」と詰め寄られる場面があったという。

  さらに、平成17年10月25日に、8月12日付けで交替した新警察本部長に対して事案の概要を報告したが、その後においても本部の調査の進捗状況は不明のまま推移した。


埼玉県警 不祥事
https://twitter.com/saitamatwitt


原発40基、詳細点検せず=配管腐食、再稼働の川内・伊方も-電力各社
http://www.jiji.com/jc/article?k=2017011400162&g=eqa

島根原発2号機で見つかった空調換気配管の腐食と穴=2016年12月21日、松江市(中国電力提供)
http://www.jiji.com/jc/article?g=eqa&k=2017011400162&p=0170114at24...

 運転中や運転可能な全国の商用原発42基のうち40基で、重要設備である中央制御室の空調換気配管の詳細な点検が行われていなかったことが14日、原発を保有する電力9社と日本原子力発電への取材で分かった。中国電力島根原発2号機(松江市)の換気配管では腐食による穴が多数見つかっており、事故が起きた場合に機能を維持できない恐れがある。

 中国電は昨年12月、運転開始後初めて島根2号機で配管に巻かれた保温材を外し、腐食や穴を発見。必要な機能を満たしていないと判断し、原子力規制委員会に報告した。

再稼働した九州電力川内原発1、2号機(鹿児島県)や関西電力高浜原発3、4号機(福井県)、四国電力伊方原発3号機(愛媛県)の点検でも保温材を外していない。点検方法は各社の判断に委ねられており、規制委は全国の原発の実態を確認する。
 中央制御室は原発を運転・監視する中枢施設で、運転員が24時間常駐する。通常は配管を通じて外気を取り入れ換気するが、事故発生時には外気を遮断し、機密性を保つ機能が求められる。

 原発を保有する各社によると、島根2号機と北陸電力志賀原発1号機(石川県)を除く40基で、保温材を外さないまま配管の外観点検が行われていた。40基には東京電力福島第2原発の4基も含まれる。外気取り入れ口付近の目視点検や異音検査などが実施された例はあったが、配管の保温材を全て外した上での目視確認は行っていなかった。

 40基の内訳は
北海道電力 泊原発1~3号機、
東北電力 東通原発1号機、同女川原発1~3号機、
東京電力 福島第2原発1~4号機、同柏崎刈羽原発1~7号機、
中部電力 浜岡原発3~5号機、
北陸電力 志賀原発2号機、
関西電力 美浜原発3号機、同大飯原発1~4号機、同高浜原発1~4号機、
四国電力 伊方原発2、3号機、
九州電力 玄海原発2~4号機、同川内原発1、2号機、
日本原子力発電 東海第2原発、同敦賀原発2号機。

(2017/01/14-19:19)

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