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2016年8月23日 (火)

死ぬまでの駄賃

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 多くの高齢者は、自分の死を意識せざるを得ません。大体平均寿命で男80歳程度、女で86歳程度です。

 70歳を過ぎればいつ死んでも不思議ではありません。そうするとすべての基準が死ぬまで持つかという基準になります。

 家の改築にしても、手術にしても、財産にしても死ぬまでが基準になります。これが中々難しくして、思案のしどころになってます。異論はない筈です。

 すべての基準が自分の死を基準にして、後は野となれ、山となれです。これが国家規模で行われています。後に残る若い人はたまったものではありません。しかし、事実なのです。

 国家財政大赤字で、特別職国家公務員(議員)が高級取りで減額一切お断り、高級官僚が外郭団体天下りなど漫画的です。後は野となれ山となれの象徴です。

 国家規模のことはどうでも良いのですが、個人レベルでは、常に死を基準に財産が持つか、息子、娘に残すべきか、日常的に考えます。

 昔から年寄りは吝嗇になると言われてます。自分がいつ死ぬか分からないので、財産がないだけで惨めな思いをしたくない一心ですが、加えて年寄りは、欲しいものがないという資本主義にとっては重大な病気を抱えています。一定の年齢になると本当に欲しいものがなくなります。というか、世間体をまったく無視しだします。自由人になり出します。

 かくいう私も床屋などもったいないので自分で頭を散髪します。下着も長袖も切って夏着にします。誰も見ていません。銭湯にもいきません。内湯で十分です。酒も一合92円の酒で十分です。四輪車も乗りません。普段は125ccのバイクで十分です。燃料一ヶ月900円です。保険もいりません。スカパーもいりません。980円のフールーで十分です。外食もしません。勘定5千円のスナックなどバカバカしくていけません。被服も棚卸したら死ぬまで十分です。何を着ても高齢者など気にしません。

 75歳程度になるとチンポ出して歩いても、かわいそうにボケてとなります。世間的には当然予想される行為になっているからです。どのように若ぶっても無理な相談なのです。

 ある程度の年齢になれば、アッチでもコッチでも葬儀ばかりになります。葬儀に呼ばれても体が言うことを聞かず参列もできなくなります。勢い近親者のみの内輪での葬儀が当然になります。

 作家の佐藤愛子さんがインタビューで「92歳、いいかげんにクタバリたい」は本音です。

 理解の早い方は、40歳程度で「いつまで生きてゆくのだろう」という気持ちを持ちますが、何の変哲もない人には、人生が長すぎるのです。

 

 

 

 

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